十九話
庄左ヱ門が由紀の家に引き取られてからまずぶち当たった問題は、由紀が学校に行っている間どうするかだった。庄左ヱ門の今現在の年齢は十歳。本来なら小学校に行くはずだが、それを良しとしない理由があった。個性だ。
庄左ヱ門の個性は【掌握】簡単に言ってしまえばありとあらゆるものをその支配下に置き掌握する個性だ。あまりにも強力すぎるものだが、これにだって制約はある。まず第一に、自分よりも格下の相手にしか使えない。第二に、精神や体力など要因は色々あるが、容量を超える範囲は掌握できない。細かい部分はまだあるが、大まかに言ってしまえばこの当たりで分類できる。そして最後に、これが一番の要因なのだが、自身が未熟なうちは周りにいるものを無差別にかつ無意識のうちに掌握してしまうことだ。最後のは幼く個性が発現してまもない子供にはよく見られることだろう。だが庄左ヱ門のものはその規模が違うのだ。
まず、庄左ヱ門の【掌握】とは生き物だけではない。無機物さえも効果の範囲内なのだ。そして【掌握】しても洗脳といったふうに自我をなくすことはない。本来ならば違うが、まだコントロールできないうちは庄左ヱ門の意思関係なく、そしてその肉体の持ち主の意思に関係なく、自分勝手に動き出すのだ。庄左ヱ門と一緒にいるのが多いのは誰であろうか?他ならない学校の同級生だ。まだ自我もなにも発達しきっていない子供が、自分自身の身体が勝手に動き出す様を見ればどうなるだろうか?個性による暴走でさらなる暴走を引き起こし、その子供自体に深いトラウマを負わせる危険がある。だからこそ、庄左ヱ門は施設にいる間も学校には通っていなかった。だがそれは個性による暴走が懸念されたこともあったが、何よりも施設職員が問題を起こすことを恐れた故の行動だった。
だがそれを差し引いても庄左ヱ門が小学校に入るのはあまり歓迎できない。最初は家に残るという案も出たが、それは由紀が即却下したので流れた。
そして結果的にどうなったかというと。
「黒木庄左ヱ門と申します。よろしくお願いします」
「よろしくね!」
礼儀正しくお辞儀をする庄左ヱ門と、片手をあげてそれに応じる校長。そしてどういうことなのかと状況が全くわからず困惑する教師陣。
「あの、校長……?」
「ああ。彼はこれからうちで預かることになったから!時間があれば気にかけてやってね!」
「それでは先生、庄をよろしくお願いします」
「勿論さ!」
「庄、また後でな」
「はい!いってらっしゃい!」
説明らしい説明がないまま行こうとする由紀に、どういうことなのかと相澤が引き止め事情を説明させる。
「___と、いうわけで。ここならば庄が仮に暴走しても対応できますし、有事の際は私もすぐに駆けつけれる。その二点から私が学業に勤しんでいる間庄を預かっていてほしいのです。ちなみに校長の許可は既にとってあります」
「……そいつが、例のお前が引き取ったっていう子供か」
「便宜上は祖父が、ということになりますが」
完全に事後報告だが、既に校長が許可しているということは今更どうこう言える段階ではなく決定事項だ。そうでなくとも、話を聞く限り確かにあの個性ではコントロールが満足にできない段階で集団の中に入れるのは危険だ。
「ああ……ですが暴走の方は気にしないでください」
「?それは何故?」
「庄が暴走していたのは幼い頃のみ。今はまだ効果こそ脆弱ですが、コントロール自体は出来るはずです」
自信満々な答えに、ますます困惑する。
「庄は私の自慢の後輩ですから」
まるで自分のことのように誇らしげに言う由紀に、庄左ヱ門が照れたようにはにかむ。
「そう……了解したよ!君は学業に専念するといい!」
「ありがとうございます。では」
☆☆☆☆
「待て」
職員室を退室した後、人気のない廊下を歩いていると呼び止められる。それには主語がなかったが、私は自分のことだと分かり振り向いた。そこには、担任である相澤先生。
「先生、お体は大丈夫でしょうか?」
「問題ねぇ。婆さんの処置が大袈裟なだけだ」
「その様子を見る限り大袈裟には思えませんが…」
未だ全身が包帯で覆われ、よろよろとおぼつかない様子で歩いている姿は、誰が見たってまだ療養が必要なものだろう。それでも大袈裟だと切り捨てる彼が決して虚勢ではないことを感だがわかり、呆れるしかない。
「俺のことはどうでもいいんだよ」
「ではどうしましたか?」
じっと、包帯でこちらからはどこを見ているのか分からない目で見つめてくる相澤先生。けれどその眼は確かに私を見透かそうとしているものだった。
「マスコミ連中に言った言葉、ありゃ嘘だろ」
疑問ではない。確信した物言い。ピクリと眉が動いたのがわかった。
「どうしてそう思われるので?」
「お前の印象と全く違った。多少は本当だろうが、ほとんどは嘘だろ」
正直に言って、かなり驚いた。
確かに普段の私を見れば不思議には思うだろうが、そこ止まりだ。やはり液晶越しでは効果は少ないが、それでも確かに哀車の術として影響を及ぼしているはずだ。だからこそあの校長でさえもほんの少しの違和感こそあれ、言及するには至らない。そもそも、まだ入学して幾ばくも経っていないのだ。そこまで判断できる材料がない。
にも関わらず、相澤先生は断定した。それどころかこうして実際に聞いてきた。
「………何を笑っている?」
訝しげに言った言葉で、ようやく自分が笑っていたことに気がついた。なぜ笑っていたのかは自分でも分からないが、少なくとも不快なものではなかった。
「いえ?ですが、仮にそうであっても何故先生はそんなことを聞くのですか?」
「………そこまでして何故あの子供を引き取った」
「意味などありません。ただあの子が私の元へ帰るのは当たり前のことです」
「?今まで会ったこともないのにか?」
「勿論。私にとってあの子を、あの子達を守り慈しむことは当たり前すぎる当たり前です」
頭に疑問符を浮かべて悩む先生。
当然だ。なにせ相澤先生と私ではそもそも根本的な部分から違う。あくまでも特定の者のみを特別視し、それ以外を必要とあらば切り捨てる忍びと、特定ではなく全てを平等に見て救うヒーローとでは、価値観そのものから違う。
「例えるならそうですねぇ……」
「誰も、息をすることを疑問に思うなんてこと、ないでしょう?」