過去と忍びと今とヒーロー
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  • 三十九話

    とある場所。とある学校。とある部屋に。彼らはいた。

    「やっと見つけたな」
    「………もそ。あいつは、いつも隠れるのがうまい」
    「いけどんで見つけたぞ!」
    「なかなか見つからなくて焦ったな」
    「あと二人だけだね」

    そこにあるパソコンには、先日あった保須での集団ヴィラン事件で撮られた動画が流れ、机の上にはある日の新聞記事。その小さな記事を切り抜かれたものがあった。

    その二つに映っている人物を愛おしそうに眺めて、彼らは立った。

    「さて、迎えに行こうか」

    そこには、たまたま映り込んでいた浅間の姿。そして、新聞には二人並んで撮られている庄左ヱ門の姿があった。



    ***

    林間学校。赤点は出たものの、全員行くことになった。そもそも強化合宿なのだから、赤点の者ほど行くのが当たり前らしい。けれどそこで行われる補習は死ぬほどきついらしいから、赤点でなくて安心した。
    結局庄左ヱ門を連れていくことも、私が休むことも許可が下りず、泣く泣く置いていくことになってしまった。一週間。職場体験と同じだがはたして大丈夫だろうか。いや、きっと大丈夫だ。

    「A組みんなで買い物行こうよ!」

    そんな葉隠の言葉に何故だか全員が行くことになってしまった。

    「おい爆豪お前も来い!」
    「行ってたまるかかったりィ」
    「轟くんも行かない?」
    「………浅間は行くのか?」
    「私?用事があるから行かない」
    「俺も休日は見舞いだ」

    轟に聞かれたのであるはずもない用事をあるといって回避した。休日まで拘束されるのはごめんだ。

    「………なあ浅間、名前」
    「名前?」

    試験が終わってから何やら轟がムスッとしていた。いつもは嫌というほど話しかけられるそれが無いからいいなと思っていたが、いきなり意味がわからない。
    意図がわからず何も答えない私に、轟はさらに眉をひそめる。

    「名前、俺の」
    「轟の?それがどうした」
    「………約束」

    約束?………あ、思い出した。そういえば試験の直前で勝てたら呼ぶとか約束していたな。あれはそう言わなければ轟が行かないと思って約束したけど、約束は約束か。

    「焦凍、だったっけ?」
    「!……ああ」

    名前が合っていたようで安心した。周りに花が飛んでいるように見えるのははたして幻覚だろうか?

    「………俺も」
    「うん?」
    「俺も、名前で呼んでいいか?」

    まあ、名前で呼ぶくらい別にいいか。私も呼ぶのだから轟、焦凍が呼ぶのもたいして変わらないだろうしそれぐらいなら、まあ別に。

    「構わない」
    「!!……由紀」
    「何?」
    「由紀……」

    特に何も言わず、私の名前だけをまるで噛み締めるように言うとど、焦凍に首を傾げるが、まあどうでもいいかとすぐに思考から追い出す。

    「と、そろそろ庄を迎えに行かないと……」
    「俺も一緒に行く」
    「別に来ても意味ないけど?」
    「俺が一緒に行きたい。それに、その子とも会ってみたいからな」
    「まあ、いっか」

    あ、でも他人を引き合わせたら庄左ヱ門が機嫌悪くなるかも。いや相澤先生以外には普通なんだよね。なんで相澤先生にだけあんなに風当たり強いんだ?


    ***

    「庄」
    「先輩!」

    職員室に行けば庄左ヱ門は一目散に私の元に駆けてくる。両手を広げて待てば、飛び込んできた小さな体を抱きしめた。

    「いい子で待ってた?」
    「はい!」

    チラッと隣にいる焦凍を見ても、頭を下げて挨拶するだけ。やっぱり相澤先生以外には噛みつかないんだよね。

    「庄、クラスメイトの轟焦凍。焦凍、この子が黒木庄左ヱ門」
    「初めまして。黒木庄左ヱ門と言います」
    「初めまして。轟焦凍だ」
    「庄、帰ろうか」
    「はい!」

    庄左ヱ門と手を取って帰路につくと、焦凍がついてきた。

    「由紀。今日これから予定あるか?」
    「庄と過ごす」
    「もしなんだったら、これからここに行かないか?」

    断ろうと口を開いたところで、焦凍が持っている紙に気がつく。
    奴が指していたのは、私が前から目をつけていて行きたかった場所だ。行きたい。物凄く。そこのケーキが美味しいと聞いたんだ。
    けれど庄左ヱ門を置いていくことは出来ないと下にある頭を見ると、私の考えが読めたように焦凍は言う。

    「黒木も一緒でいい」
    「!………庄」
    「僕は先輩が行きたいのでしたら構いませんよ」

    そこのお店には庄左ヱ門も行きたがっていたから、口ではそう言いながらも目は輝いている。

    「先輩も行きたがっていましたしね」
    「そうなのか?姉さんに聞いたらここをオススメされたんだが」
    「最近女子の間で話題になっているお店なんだよ」
    「そうか。由紀が気に入ったんならよかった」

    そういって庄左ヱ門を挟んで並ぶ焦凍を、射殺さんばかりに睨みつけている相澤先生がいたことには、今から行くお店に心を奪われていた私は当然気が付かなかった。


    「………」
    「お、おいイレイザー?」
    「なんで名前で呼びあってんだ」
    「一歩リードされちゃったわね!」
    「…………おいマイク。あの店ってのはなんだ。教えろ」
    「分かった!分かったから!教えるからそんな怖い顔で詰めよんな!」


    ***

    やって来たのは最近話題になっているスイーツ屋。ここのケーキが絶品だと聞いたのだ。けれどなかなか行く機会もないし、値段も高いし、何よりも人気すぎてすぐ売り切れてしまうのだ。

    「今更だけど焦凍。あそこは人気ですぐに売り切れてしまうから今いってももうないんじゃないの?」
    「大丈夫だ。取り置きしてもらってる」
    「え……」
    「親父があの店の広告塔になっているから、多少の融通は聞くんだ」

    由紀の名前を出したらノリノリだったぞ。と続く言葉に頭を抱える。だから、なんでそんなに気に入られているんだ。
    まあとにかくあの店の商品を食べられるということで、足取りは自然と軽くなり機嫌も良くなる。


    着いて名前を告げれば個室に通され、全てのスイーツが並べられた。その光景に、庄左ヱ門は目を輝かせかくいう私も頬が緩むのを自覚する。

    「これ、全部食べていいの?」
    「らしい。食いきれない分は持ち帰ることもできるみたいだ」
    「………なんか悪いな」

    だけど奢ってくれるというなら遠慮なく食べる。今か今かと目をキラキラさせながら待っている庄左ヱ門が、ケーキを見ながらも許可を求めるようにチラチラとこちらを見てくる。

    「庄、夕飯が食べられなくなるからほどほどにね」
    「はい!」

    そう言って食べ始めた庄左ヱ門を見てから、近くにあったショートケーキを手に取った。




    「由紀。これも美味いらしいぞ」
    「そんなにいっぺんに食べられない。焦凍は食べないのか?」
    「俺は和菓子が好きだ」
    「ならなんで今日誘ったんだよ」
    「…………由紀が、行きたいかと思ったからだ」

    呆れたように聞くと、焦凍はムスッと拗ねたように言う。その姿が完全に年下にしか見えず、僅かに肩が震える。それを見咎めた焦凍がますますへそを曲げてしまった。

    「ありがとね」
    「!……由紀が気に入ったんなら来たかいがあった」

    その様子を見ていた庄左ヱ門は、口に含んでいた分を飲み込むと思ったことをそのまま口に出す。

    「由紀先輩、まるで昔のようですね」
    「!そう、かな?」
    「はい。僕らに接するのと同じような顔をしてました」
    「それはあれだ。こいつがお前達に似ているからな。多分それでだろ」
    「…………そうですか」
    「嫌か?」
    「いえ、先輩がいいなら別にいいです」

    そう言ってまたケーキを食べ始める庄左ヱ門。しかしその顔は僅かに顰められている。分かりやすくてつい笑ってしまうが、そうするとさらにへそを曲げてしまうので微笑むだけにとどめる。
    小さな頭に手を置き、優しく撫でるとこちらを向いた。

    「拗ねるな拗ねるな」
    「………別に拗ねません」
    「いくら似ていても、距離を縮めても。私が心を砕くのはお前達だけだよ」
    「……………知ってます」

    そっぽを向いても、その顔が赤くなっているのはバッチリ見えている。前にもこんなことがあったような気もするが、とにかく今はこの可愛い後輩を愛でたい。
    けれど意外だ。相澤先生にあんなに噛み付くのは私の近くにいる存在だからと思っていたが、認めているかはともかく相澤先生よりも近くにいる焦凍には拗ねるだけで噛み付くことはほぼない。一体基準はなんなのだろうか?

    「(あいつは絶対に先輩に気があるだろうけど、当の先輩には僕らに対するような感情しかないようだ。なら安心。その感情だって僅かにある面影に出る程度の微々たるものだ)」

    庄左ヱ門は最近の由紀の様子から大体のことは察していたが、今日実際に接触してみて確信を持った。その様子から、向こうはどうだかは知らないが由紀は絶対に奴に振り向くことはせず、自分たちよりもさらに劣る愛情しか貰えないだろうと結論を出し、自分たちから由紀を奪う敵にはなり得ないと判断した。

    やはり敵は相澤一人。とますます相澤への敵対心を燃やしながら、ケーキをまた一口食べた。


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