目は口ほどに物を言う


なんとか服も買えた。その時も彼らは何を買えばいいのかよく分かっていなかったので、入店してからこちらを見ながらうずうずしていた店員に丸投げしてその中から気に入ったものを買った。店を出た後は、皆グッタリとしていてつい笑ってしまう。

「お疲れ様」
「………疲れた」
「着せ替え人形にされてたからねー」
「あんなに買わなくてもよかったんだが……」
「そうだぜ。買っても2、3枚で構わなかったんだ」
「あんなにって言っても上下5、6枚しか買ってないじゃん。これでも君達が言うから減らした方だよ。それに、枚数が少ないと雨の日とかに乾かないからね」

お金のことで渋っていたが、なんとか説き伏せお互いの妥協点として上下5、6枚ということで納得したのだ。それでもまだ微妙な表情の彼らに買う時にも言ったことをもう一度言えば、やっと何も言わなくなった。

「さて、と。もういい時間だしお昼にしよっか」
「ごはん!」
「何が食べたいとか希望ある?」

重が元気よく手を上げ喜び、少し後ろにいる彼らを振り返って聞けば、皆首を降ったり傾げたりしていた。

「う〜ん。出来れば和食の方がいいかな?でもせっかくだから洋食にする?」
「ようしょくってぇと、南蛮のものか?」
「うん。日本発祥のものもあるけど、まあ大体が南蛮、外国から伝わったものかな」
「おれ食べてみたい!」
「俺も興味あります!」

重と義丸が私の説明に興奮したように手を上げたりして主張した。言葉にはしないだけで、他の4人も同じようなことを思っているのが分かった。義丸は重と同じようにキラキラと目を輝かせて年相応にはしゃいで、14歳とは思えないほど大人びた彼のそんな姿に微笑ましく思った。

「じゃあ洋食にしよっか」

ちょうどよくファミリーレストランの近くに来たので、そこに入った。服に時間がかかってしまったので、お昼を微妙にすぎた時間。なのですぐに席に通された。

「どれでも好きなの選んでいいよ」

そう言ってメニューを渡しても、やはり彼らは首を傾げた。まず文字が読めないのか、これは何なのかどんなものなのかと聞いてくるので、大体のことを教えてあげて決めた。ドリンクバーも初めてだろうから全員につける。

「桐生さん。どりんくばーってなんですか?」
「あそこにある飲み物が全部最初にいくらか払えばタダになるんだよ」
「タダ!?」
「あれが全部か!?」
「うん」

唖然とする彼らに、ドリンクバーの使い方を教えようと席を立つ。興味半分。警戒半分でじっと見ている彼らに実際にやらせてみればたどたどしく飲み物をついでいた。
席に戻ればまた落ち着かなそうにそわそわとしていたが、意を決したように自分が選んだ飲み物に口をつけては驚きほかの連中と自分のはどうだった、そちらはどうだと言ったことを面白そうに話し出す。

「うわっ!桐生さん!これ口の中で弾けました!」
「炭酸だからね」
「たんさん?」
「シュワシュワしているやつだよ」

最初の警戒が何だったんだというぐらい好奇心いっぱいにする彼ら。そうこうしているうちに注文した料理が来てさらにわきだった。

「フォークとかナイフで食べるのもあるけど、箸の方がいいよね」
「頼む」
「熱いから気をつけて。重。ハンバーグ切ってあげるからちょっと待ってなさい」
「はんばーぐはんばーぐ!」

お子様ランチを頼んだ重のハンバーグを切ってあげながら、ワクワクしている重を宥める。それぞれ頼んだ物を実物を見て驚き、恐る恐る食べれば美味しかったようで箸で器用に食べていく。
食べ終えた後も、食後の休憩にゆっくりしているとそれぞれやはり気になるのか、周りを見渡し始めた。

「………不用意に触って壊さないようにね」
「!いいのか!?」
「幸い今はあまりお客はいないし。迷惑かけない範囲だよ。分からなかったら触れないこと」

許可を求めるようにチラチラとこちらを見てきていたので、触らないように注意をすればすぐさま席を立つ彼ら。

「みよ兄ィ!一緒にいこ!」
「いや、俺はいい」
「えー」
「重。俺と行こう」
「おにぐもまるのアニキ!うん!」

重は舳丸を誘ったが、断った舳丸に頬を膨らませる。しかし鬼蜘蛛丸が誘えばすぐに機嫌良さそうに手を繋いで席を立った。残ったのは舳丸と私だけ。

「………」
「………」
「……………」
「……………」

目の前に座った舳丸は何も言わずただじっとこちらを見つめ続け、その視線に目を逸らしながら飲み物を飲む。

「………………」
「………………」
「……………………」
「……………あの、なに?」

けれどついに耐えきれずにまっすぐ見つめ返しながら聞けば、ビクッと肩を震わせ今度は舳丸が目をそらした。逆に私が見つめ続け舳丸が目をそらす。しかしやがて覚悟を決めたように舳丸が決死の顔つきで目を合わせてくる。

「………桐生、さん」
「ん?」
「…………」

言いにくそうにしている舳丸に、私は黙って待つ。こういうタイプに無理に聞き出そうとすればするほど心を閉じてしまうんじゃないのかな。だからせっかく話だそうとしているのだから黙って続けるのを待つ。

「あの……」
「うん」
「………ありがとう、ございました。俺たちを置いてくれて。こんな食事や着物も」
「まあ自分とお金の余裕があったからね。食事も服も気にすることはないよ。生活する上で必要なことをケチるつもりはない」
「ですが……やはり男を妙齢の、しかも独身の女性の家にいれるというのはあまり気分のいいものではないでしょう」
「え?う〜ん……いや、別にそうでもないかな?」
「そう、なんですか?」
「うん。まあ君達みたいな子供に対して欲情したら犯罪だし、特に自分の場所を犯されるっていう苛立ちもないしね」

飲み物を飲む。舳丸は居心地の悪そうにしていたが、今はじっとこちらの真意を探るように見つめ続ける。ただでさえ鋭い目つきがさらに鋭くなり、凶悪ヅラ。

「ですが、やはり感謝しかありません。あなたがいなければこうして過ごすことなんてできなかった」
「あそこで見捨てたら人でなしだよ。事情を知ってしまってからまだ子供の君達に出ていけ、なんて言えるわけないでしょ?」

そうは言っても、まだ舳丸は見つめ続ける。それどころかますます眉間のシワが深まったようにも見えた。恐らく、舳丸は不安と不信がある。追い出されれば生きてはいけない。それはさっきまで歩いてこの世界を見ればすぐに思うこと。けれど初めてあってまだ数日と経っていない私を信じきれるわけでもなし。
一体どう言えばこの子の不安を取り除けるだろうか。そう思っても見ても、すぐにそんなこと無理なことだと思い至る。彼らと私とでは根本的に違う。これまで培ってきた常識も、過去も。何もかも違いすぎる。だから、私が何を言っても彼の不安が無くなることはないだろうし、私に対しての不信もなくなることはない。違いすぎる人から何を言われたって、そんな薄っぺらい言葉が響くはずがないのだ。

「君達はこの世界に放り出されたら生きてはいけない。それは私も承知しているよ。だから家に置くことにした。そして、置く上で必要なものを揃える。それに何か特別な意味っているかな?」

だけど舳丸は私の言葉を求めている。そんなこと口には出していないけど、目は雄弁に語り、穴が開くんじゃないかというほど見つめてくる。なんでもいい。何か言葉が欲しい。
でも私は舳丸がどんな言葉を求めているのかは分からない。だから、私は私の思っていることをそのまま言うことにした。

「う〜ん。何て言えば君に伝わるかな?君達みたいな子供を放り出して野垂れ死にされるのが嫌で、だから頷いて………うん。そうだね。君達を置いたのは私のエゴだよ」
「えご……?」
「うん」

うまい言葉が思い浮かばず首をひねっていると、エゴという言葉がストンっと胸に収まった。

「君達を放り出すのは簡単だよ。でも、その後に君達が死んでしまったら?酷い目にあったら?そしたら最初に手を差し伸べられたのに放り出した私の目覚めが悪い。だから君達を家に置くことにして、何も揃えないのなら私の罪悪感が膨らんでしまうから生活必需品を揃えた。君達を家に置くのも、物を買い与えるのも。私の罪悪感をなくすための自己満足だよ」

一度口にしてしまえば思いのほか収まりが良く、ポカンっとしている舳丸の頭を気がついたら撫でていた。それに肩をビクリと震わせるが、振り払われなかったので潮風にあたってゴワゴワになっている赤髪を撫で続ける。

「会ってまだ何日と経っていない私を信用できるはずがないし、信用しろとも言わない。だけど、私が君達を養う上で君達が罪悪感を感じる必要はないんだよ。信用も、信頼も。簡単には出来ないよ。それでも、ここにいる間は責任をもって養うから。だから、君もまだ12歳の子供なんだから。泣きたい時は泣けばいいし、言いたいことがあるのなら我慢しないでほしいな」

そう言いきれば、舳丸は肩を震わせ俯いてしまう。

「っ……あり、がとうございます」
「うん」
「置いてくださる、ことも……っ」
「うん」
「っ……色々、買い与えてくださる、こともっ」
「うん」
「先、ほども…」
「ああ、あれね……でも私が重と行こうとしたら君穴が開くんじゃないかというほど見てきたじゃない」
「あれは……っ!」
「うん。まあ私も面倒だって回避しようとしてごめんね。知らないところで知らない人に囲まれて怖かったよね」
「っ……!」

震える声で少しずつ言ってくる言葉に答えながら撫でる手は止めない。膝や机を濡らしている水は見ないことにした。

「………あの」
「ん?」
「………名前、で」
「うん?」
「………」
「………」
「…………名前、で。呼んでもよろしいでしょう、か?」
「ああ。別にいいよ。私も舳丸って呼んでるしね」
「!……ありがとうございます。………楓、さん」

少し顔を上げて上目遣いでこちらを見ながら聞いてきた舳丸に了承すれば、少し赤くなった顔でまだ目に涙を溜めながらはにかんだ。

「あー!みよ兄ィ泣いてる!」

しかし重の言葉が聞こえた瞬間に舳丸は我に返り慌てた涙を拭く。目をこすっていたので赤くなると未使用だったお手拭きを開けて渡してあげると、小さくお礼を言いながら受け取ってくれた。

「みよ兄ィ。どうしたの?どこか痛いの?」
「大丈夫だ。重」
「どうした舳丸?」
「なんでもありません兄ィ」

探索から帰ってきた面々が次々に聞いていくが、既に涙を拭いて元に戻っていた舳丸が大丈夫だと答えていた。それに重以外は私に目を向けたが、私はただ口に人差し指を当てて黙った。納得してはいないが、私も舳丸も話す気はないということを理解した彼らはそれ以上何も聞かなかった。

ALICE+