あすにはわすれるおはなしのひとつ(1)





その日。
静かに寝息をたてる彼女を、彼は見ていた。











『…』








身じろぎもせず胎児のようにその身体を丸め、鋼鉄の板に横たえて。
彼は彼に顔を向け寝ている彼女を見ていたが、その巨躯に見合った手を。
彼女へと伸ばした。












『よぉラチェット。今いいかぁ?』
『…なんだねジャズ』









手を戻し振り向くといつの間にか扉の側に腕を組んで寄りかかっているジャズがいた。



『訓練終わったからシエンと話に来た!』
『……患者が来たら出ていけよ』
『よっし!あんがと!』



バタバタ(正確にはガシャガシャ)騒音を発しながらラチェットの傍らにあるリペア用ベッドに近づいたジャズは幸縁を軽く揺さぶる。




『起きろシエン〜遊びに来たぞ〜!』
「んぅ……じゃじゅ、ねむい」
『惰眠をむさぼらずに、さっさと起きてくれないか。ジャズが喧しい』
『ひでぇっ!』
「しかたにゃいから起きる…」
『味方は…味方はいないのか!?』
「ドンマイ」
『ドンマイ?』
「気にするなって意味」
『なるほど…ってするわ!』



リアクションの良いジャズをいじり笑いながら起き上がる。
指にじゃれついたら彼は傷つけないように幸縁をつまみ上げ手のひらに乗せた。



「今日の訓練は何やったの?」
『戦闘訓練、とその振り返りだ』
「今回の失敗談は?」
『それは…ってオイ!』
「おぉ、ノリツッコミ」
『?まぁ、とにかく。今日は大活躍だったんだぜ俺』
「そう…よかったジャズ。怪我しなくて」
『お、オオウ…』





ジャズは部屋の空気がこそばゆく感じた。





『そ…そうだ!訓練中相手に一発かました時の映像見せてやるよ』
「うん!」



ジャズがこめかみに指先を当てると周囲の景色が室内から室外になった。
最近は鋼鉄の色ばかり見ていた幸縁。リアルな映像と久々に見る外の世界に興奮しジャズの指先にしがみついた。

「外?」
『あぁ、第409演習所だ』

宥めるように背中を撫でられ顔を上げると此方を見下ろすジャズ。
水色のバイザー奥の瞳を見つめていると誰かの声が聞こえ辺りを見回す。




《遅刻ギリギリだぞジャズ》
《すいません教官》
《次遅刻したらラチェットに発生回路切ってもらうからな》
《ゲッ…》
「ジャズが二人!…こっちはだりぇ?」
『あぁ。このトランスフォーマー…教官はアイアンハイドって言うんだ。アイアンハイドは怒ると怖えんだぞぉ〜』
『ジャズ。今日その教官から頼まれた…"準備"は万端だからな』
『……』


(それはリペアの準備か発生回路を切る準備なのか)


幸縁は映像の中の"彼"、アイアンハイドをガン見した。

心境はこうだ。





(アイちゃぁぁぁん!相変わらずゴツいボディ!カッコイイ!!…あれ?でも会った時より少し小さい?)






『…どうしたシエン?』
「教官さんは厳しいの?」
『あぁ厳しいぜ!他にも教官は何体かいるんだけど、アイアンハイドの日だといっつも士官候補生は怒られるし殴られるんだ。全員な』
「ひぇ〜っ!」
『だから訓練後に見かけても、ちょっと近寄りがたいんだよな…』




その言葉を聞いて、ラチェットの作業の手が止まる。幸縁とジャズには背を向けているため分からないが。






「毎日毎日殴られると全長縮むかもよ?」
『なにっ!?』


今までで一番早い反応だった。



「でも全員怒られてるんだから、それは教官さんの指導なんじゃない?平等じゃん」
『え』
『……』
「頑張って覚えて、認めてもらうよ」
『お、おう』
「怒られるってことはその分期待されてるかもしれないしさ。無関心なら、見捨ててるなら、構ったりしないよ?だって効率悪いもん」
『…』



映像から目を離さない幸縁。
その目の前でジャズが相手の砲撃を軽い身のこなしで回避し、拳をフェイスパーツに叩き込んだ。




《そこまでだ。組み手終了。今回はジャズの勝ちだな》
《はいっ》
《くそっ!》
《最近調子が良いようだなジャズ》
《あ、ありがとうございます》
《頑張れよ…次の組、来い!》




「きっと、良いトランスフォーマーだよ」
『…あぁ、そうだな』


ジャズの方を向き笑って言う。
二人の会話を、ラチェットは静かに聞いているのだった。
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