「うむ。そういうことなら俺にすこぶるいい考えがあるぞ!」
「すこぶる!?ほんとうですか煉獄さん!さすが煉獄さん!あっぱれ!」
「俺と結婚をしよう、白雪!」
「はい!は……え?」

ことの発端を言うのなら、1週間前にさかのぼらなくてはならない。

わたし達は任務についていた。ひとつの村に、幾人もの鬼が出現したのだという。それも、どれも二十人は食っているであろう狂暴な鬼ばかりというから非常事態も甚だしかった。そこで炎柱の煉獄さんを隊長とし、上級・中級の隊員数人で鬼狩りに出向むくこととなったのだ。

その任務での戦いは苛烈を極めるものだった。隊員も幾人か亡くなった。わたしが死なずにいられたのは、上級隊員1名、そしてなにより煉獄さんと共に行動できていたからに他ならない。鬼狩りも終盤を迎え、最後の2匹へと追い詰めた時だったのだ。最期の力を振り絞り、1匹の鬼が、もう1匹の相手をしている煉獄さんの後背を狙った。

その時、すでに戦いの中で右腕を折り、左目瞼と左足を鬼の爪で切りつけられていた血まみれのわたしこそ、火事場の馬鹿力だったに違いない。柱を、この人を、死なせてはいけないと本能が叫んだのだ。意識が奮い立つより、体が悲鳴をあげるより、気づいたら勝手に体が動いていた。

斬ってやる。そう思って刃を振った。鬼の頚が飛び、鬼の最後の攻撃はわたしの頚を切った。

「白雪ッ!!」
「れ、んごくさ…」
「喋るな!動脈の近くを切られている!呼吸に集中しろ、すぐに止血をしなければ死んでしまう」

倒れたわたしの眼前を手のひらが覆う。その暗闇に促さられるよう目を閉じると、強く静かな声が呼吸を導く。どくどくと生ぬるい血が首を滴る感覚はどうも気持ちがよくない。血の流れを巡り、破れた血管を探り当て力を入れる。流れ出る血が少し止まったような気がした。

「すまない白雪。俺が油断したばかりに君にこんな怪我を…」
「れ…ごくさ、わたしは…だいじょう、」
「今は休むといい。俺がきちんと責任をとる」
「せき…、」

にん…?と聞き返す前に意識が遠のいた。そこから3日間、わたしは眠り続けていたらしい。次に目を覚ました時には白い天井と胡蝶さまのにこやかな顔があった。助手の女の子たちが薬や包帯を持って心配そうに並んでいる。胡蝶さまは「おはようございます」と言ったあと、どこか申し訳なさそうな顔をされていた。起きて早々だけれど、わたしの怪我の具合で説明しなければいけないことがあるとのことだった。

「右腕、肋骨2本を骨折。こちらは順調に回復に向かっています」
「肋骨も…どおりで痛いと思った…」
「…それから、鬼の爪で切られた箇所ですが」
「はい」

きょとんと聞いたのがいけなかった。鬼殺隊に入るのなら死すら覚悟をしていたはずだったのに。まるで今日の夕飯の献立を聞くかのような心持ちで胡蝶さまの言葉を待ってしまったのだ。

結論から言うと、わたしはもう、鬼殺隊員として戦うのは難しいということだった。
鬼に切り付けられた左目は、眼球の神経に触ってしまっていたらしい。そのせいで、今すぐではないがゆっくり、しかし確実に、視力が低下していくそうだ。それに引きずられるように、負担のかかりやすい右目の視力も落ちるだろうと言われてしまった。そして左足だ。こちらは傷が深かったらしい。それはそうだ、だって本当に景気よく血が流れていたのだから。日常生活を送る分には支障はないが、鬼を追いかけ鬼から逃げるほど早く走ること、またその運動量の負荷に耐えることができなくなってしまったようだ。まさに、ぼろぼろの体。

「戦闘は難しいですが、隠や医務員など他の道もあります。辛いでしょうが、自分を追いつめないようにしてくださいね」

胡蝶さんがわたしの肩をさすり、優しく励ましてくださった。「大丈夫です、ありがとうございます」と力なく返事を返す。その後、誰もいなくなり一人残された病室ですっかり抜け殻のような気分になっていた。

あの任務での行動を後悔はしていない。わたしはたくさんの鬼を狩り、人を救い、この身をていして柱までもを守った。とてもあっぱれだ。わたしがお館さまなら柱にしてあげたいくらいだ。しかし、けれど、それでも。戦うことができなくなったら、わたしにはもう、なにも残っていない。

「…っふ、う、うぅ…う〜…っ」

本当は大声を出してしまいたかった。けれどできなかった。顔にふとんをぎゅうぎゅう押し付けてわたしはしばらく泣き続けた。

煉獄さんがやってきたのは、それからもう4日経ってからだ。あんなに大変な戦いのあとだったというのに任務続きだったらしい。さすが柱は違う。そういえば煉獄さんはあまり大きな怪我をしていなかったな。こんな怪我をして、戦うこともできなくなったわたしに幻滅していないだろうか。可哀想にと同情されていないだろうか。顔を合わせるのは、あまり気が乗らないでいた。

「白雪!やっと目覚めたな!無事でなによりだ!」
「煉獄さん…」
「…浮かない顔だな」

快活な声が懐かしい。隊員をやめたらもうこの声を聞くことも2度となくなってしまうかもしれない。煉獄さんはずかずかと寝台の近くまで来て、思ったよりも静かに腰かけた。黙るわたしの顔を伺うその素振りから、きっと胡蝶さまからすべて聞いているのだろうと気づく。目を合わすことができない。

「白雪。これからのことは考えたか?」
「…いえ」
「そうか」

しん…と沈黙が降りる。煉獄さんを困らせてしまっている。先輩に気を遣わせるなんてわたしはなんてだめなやつなのだろう。ごめんなさい煉獄さん、とちらりと目を向ければどこを見ているのか分からない目が、どこかを見ていた。それから「白雪」と名前を呼ばれる。

「うむ。そういうことなら俺にすこぶるいい考えがあるぞ!」
「すこぶる!?ほんとうですか煉獄さん!さすが煉獄さん!あっぱれ!」
「俺と結婚をしよう、白雪!」
「はい!は……え?」

そして冒頭へと戻る。

「れ、れれれれ、れんれん、煉獄さん、あの、一体なにを…」
「言っただろう。きちんと責任はとると!」
「せき…にん…?」

ぐるぐるぐる、と記憶が巡る。1週間ほど前までさかのぼる。流れる景色、飛ぶ血潮、傷む体、煉獄さんの声。

『今は休むといい。俺がきちんと責任をとる』

あ、言ってた。言ってたなあ、確かに。

「って、いやいやいや!待ってください責任って…責任ってそういう…!?」
「そういう責任だ!」
「なんか色々おかしいような…だってこんな、どさくさみたいにするものじゃ、」
「するものだ!」
「えー!!」

ちょっと不思議な人だとは思っていたけれど、よもやここまでとは思わなかった。話のつながりがまったく見えない。だって結婚て恋とか愛とかそういうアレやソレがあるわけで!頭の中がぐるぐる回ってもうこのまま倒れてしまいたかった。焦りまくるわたしをよそに、煉獄さんは膝の上に握りこぶしをおいた大層いい姿勢のまま真っすぐにこちらを見つめている。炎のような緋色の瞳は、きらりきらりと光っていた。

「嫌か、白雪」

ああ。そんなに優しく微笑まないで、煉獄さん。



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