こんにちは、千寿郎です!
実はこの度、兄上が結婚することとなったそうです。なんとも電撃な話でびっくり仰天しましたが、あの兄上の性分を思うとなんとなくいつかこんな日がこんな風に来るのではないかと思っておりました。ゆえに千寿郎、覚悟のうえです!そして結婚の報告が書かれた手紙には、こうも書いてありました。

“父上には未だ秘密にされたし。結婚の前に、一度こっそりと会いにくるが吉。”

おみくじのようだ!ちょっとわくわくしました。

そんなわけで俺は今、兄上とその奥方さまへ会いにこっそりひっそり兄上邸へ向かっているのであります。父上は元柱なだけあって、どんなにコソコソしてもすぐにバレてしまうので、前日にお酒をいつもより強めのものにすり替え、二日酔いで眠りこけていただきました。行ってまいります父上。どうか俺が戻るまで起きませんように。

手紙を届けてくれた兄上の鎹鴉に案内をしてもらいながら、てくてくと旅路を急ぎます。たった一人で遠出をするのは初めてのことですが、俺ももう大人にそう遠くないので、これくらいはへっちゃらです。兄上が鬼の出現を危惧し、“来るならば朝方から昼にかけてがよい”と記されていたので、その教えの通りに早朝に家を出ました。念のためにと一緒に送られた藤のお守りを胸に歩みを進めます。兄上邸には、きっと昼前にはつくでしょう。

手にはせめてものお祝いにと、ご近所の藤の家紋のおばあさんに教えてもらった美味しいおまんじゅうを持っています。兄上の結婚のことを話したら、おまんじゅう屋さんが紅白まんじゅうにしてくれました。奥方さまはおまんじゅうは好きだろうか。好きだといいな。期待と緊張に胸を膨らませ、ひたすらてくてくてくてく。










「千寿郎!」
「兄上!」

昼を少し過ぎた頃、やっと兄上邸へつきました。屋敷の門前には、たてがみのような髪をきらきらさせた兄上が待ち構えていてくれました。

「よく一人でここまで来られたな!あっぱれだ千寿郎!」
「これくらい他愛ないことです兄上!」
「そうだな!それでこそ俺の弟だ!」
「はい兄上!あ、これ…」
「む!泊り支度か!着物なら俺の古いのがあったというのに、準備がいいな千寿郎は!準備のいい男は出世するぞ!」
「えっ!?いいえちがいます兄上!それは…!」
「さあ、中に入るぞ!」
「兄上っ、それはおまんじゅ…兄上〜!」

兄上は早々に俺の手からおまんじゅうをとり代わりに持ってくれたけれど、なぜか泊り支度だと勘違いしたままずんずんと屋敷へ入っていってしまった。あとで言えばいいかな…。

屋敷の廊下を歩きながら、前を行く兄上が「白雪は部屋で待っている」と教えてくれた。いよいよ奥方さまとお会いできる。そう思うと急に緊張してきた。ああ、どうしよう。兄上と似つかぬ頼りない俺を見て、奥方さまはがっかりしないだろうか。煉獄家に不安を覚えないだろうか。どきどきそわそわしながら、部屋の前までやってくる。兄上が襖の前で「千寿郎が来たぞ!」と声をかけ、スパン!と勢いよく開けた。

「はっ、初めまして!杏寿郎の弟の千寿郎ともうしますっ!」
「あ…ど、どうも………」
「(ゲッソリしているーーー!!!)」
「はっはっは。白雪は緊張しいなんだ千寿郎」

部屋の真ん中で、兄上の目の色によく似た緋色の混じる着物を着た女性は、ひどく悪い顔色で右手を力なくあげて挨拶してくれた。お腹が痛そうだ。なんかこう、きりきりとした痛みを感じていそうな顔をしている。この事態をまったく気にしていないのは兄上だけのようで、そのまま奥方さまの隣に座り、俺にもまた座るよう促した。

「あの…兄上……」
「うむ。彼女は白雪六花。鬼殺隊の隊員だったが、任務で酷い怪我をしてしまってな。剣士は引退してしまったんだ」
「そうなんですか鬼殺隊の…って、そっちではありません!」
「むう?はてどっちだろうか?」

兄上は考える素振りをしながらもあまり困っているような顔ではなかった。喋らないでいる奥方さまに「白雪、大丈夫か。千寿郎だ、わかるか?」と甲斐甲斐しく声をかけている。

おかしい。なにか不自然だ、この2人。
結婚前の幸せいっぱいな特有の雰囲気があまり感じられない。先月結婚されたご近所の明里さんちの五郎さんとおヨネさんはもっとこう、あからさまに幸せそうだった。顔が近くて瞬きのあいだにくちづけでもするんじゃないかというほどに。

「兄上…その、いつからお2人はそういう…」
「ついこの間だ!」
「えっ」

ぴー、ちちち…と庭で鳥が鳴いているのが聞こえた。しーんと降りてくる沈黙。俺はもう一度状況を整理することにしました。突然の結婚の報告。いまだ苗字で呼び合う夫婦となるはずの2人。居心地と罰が悪そうに顔色の悪い奥方さま。これは、千寿郎の勘です。あくまで推測ですが、まさかまさか。そう思ったのです。

「あ…兄上……こ、この結婚は本当にその…大丈夫なのですか…」
「ああ!問題ない!」

奥方さまは死にそうな顔で微笑んだ。

「兄上ー!だめ!だめです!落ち着いてください!」
「どうした千寿郎。急に立ち上がって元気だな。元気なのはいいことだぞ!」
「兄上、奥方さまが困っています!いや奥方さまというか、その、白雪さんは困っていますよ!」
「そうだろうな。俺はなかなかに白雪を困らせがちだ」
「冷静に言うことではないです…!もしかしてこの結婚、兄上が押し切ったのでは…!?」
「…そんなことはない!」
「そんなことのありそうな間ですね!?」

兄上は「バレたか…」と呟いてそっぽのほうを向きながら困ったように顎をさすっていた。その間も白雪さんはフフフと遠い目をした笑みのまま俺たちを見守っている。

ど、どうしよう。千寿郎がとめなければ、千寿郎が冷静にならねば。よもや兄上が女性に無理強いをするとは思えないけれど、悪気なくまっすぐなひとだからこそ口を挟む暇もなく進んでしまったのかもしれない。どうしよう、どうしよう。そう思っていると、白雪さんがすっ…と右手を俺の前にさしだし、制止をするようにかまえた。

「千寿郎くん、そんなに心配してくれてありがとうございます。でも、でもね。大丈夫なのです。押し切られたわけではないのです」
「白雪さん…ではなぜそんなに、胃が痛そうな顔を…」
「それはわたしがめちゃくちゃ緊張しているのと、結婚についてまだ頭が追いついていなくて心臓がバクバクしているからです」
「白雪は緊張しいなんだ千寿郎」

それを押し切られたというのでは、という言葉は、顔色に反して穏やかに微笑んでいる白雪さんの顔を見たら言えなくなってしまった。急に力が抜け、すとんと座り込む。わ、わからない…千寿郎には、大人の男女のことがわかりません…。

「千寿郎くん。その風呂敷、もしかしてお土産ですか?」
「いや、これは千寿郎の泊り支度だ!」
「はい。お祝いにと思って、おこづかいで紅白まんじゅうを…」
「なんと!まんじゅうだったか!」
「ふふ、ありがとう千寿郎くん。わたし、おまんじゅうが大好きです」
「!」

まだ少し悪い顔色のまま、白雪さんは花びらが揺れるように笑った。この2人の間には、恋人同士のような雰囲気はないものの、信頼関係のようなものは感じられる。きっと鬼殺隊として共に何度も戦ってきたゆえのものなのだろう。それが結婚という契りにちゃんとつながるのかどうかはさておいて、変な心配はいらなそうだった。…たぶん。なんだかほっと一安心して、胸を撫でおろした。

「白雪さん、兄上をよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、不束者ですがよろしくお願いいたします」
「うむ!今日は実にめでたい日だな!」
「兄上…」
「煉獄さん…」

兄上のからからとした笑い声は、とても幸せそうだった。





※千寿郎の一人称
原作を確認の末、杏寿郎の前で「俺」・炭治郎の前で「僕」「私」とまちまちだったので親しい人の前では崩しているのではという解釈で「俺」にしています。



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