「顔になんかついてる?」
「ううん」
「ニヤニヤされながら否定されると、信憑性ないんだけどなあ」
「ごめんごめん、ほんとう」

持っていたシャーペンをクルクルと回しながら否定すると、わたしにつられたのか心操くんも少し笑った。夕暮れどき。教室には、自分の机で日誌を書くわたしと、前の席に座って日誌を眺める心操くんの2人しかしなかった。あんまり近づくとおでこがぶつかりそうな距離だ。日直って面倒くさいけど、こうやって心操くんと2人でできるならそんなに悪いもんでもない。わたしがニヤニヤしちゃうのは別に心操くんの顔になんかついてたわけじゃなくて、そういう下心が溢れ出してしまったからだなんて彼は分かるはずもない。

「そういえば、体育祭のあとから心操くん結構人気あるらしいよ」
「人気?なんで?」
「個性がかっこいいとか、あと、心操くんがフツーにかっこいいとかで」
「…」
「え?え?やっぱりまんざらでもない?心操くんでもやっぱり嬉しい?」
「なに、俺でもって」
「そういうの興味なさそうだから」
「…うーん」
「え、え、なに?」
「興味なくないけど」

心操くんはわたしをチラッと見たあと微かに笑いながら、手に持った時間割と机の上の日誌を見比べていた。え、いやいやいや、なに?なんですかその反応?日誌なんてどうでもいいよ。どうでもよくないけど、たった今どうでもよくなっちゃったよ。わたしの予想では人気があるって言われても「そんなこと言われてもな」って興味なさげに流すはずだったのに。まんざらでもなさそうだよ、心操くん!

「みょうじさん」
「…ハッ!え?なに?」
「さっきからえ?って言いすぎ。日誌、早く書かないと暗くなるよ」
「(にっ、日誌どころじゃねえ…!)」

心の中で思いっきり叫びつつ平静を装い日誌の残りの空白を埋めていく。書きながらチラッと心操くんを見ると頬杖をついていて、その手が少し口元を覆っているので分かりにくかったけどニヤニヤしているように見えた。なんだか変な感じ。いいやもう、この話を考えるのはやめておこう。

「と、ところでさ心操くん」
「どしたの」
「体育祭で認められたらヒーロー科に編入できるっていう話、あったじゃん」
「あー、うん」
「普通科で編入するならきっと心操くんだよね」
「…いや、どうだろ。俺フツーに殴られて負けたし」
「でもでも、心操くんがすごいのはみんな分かったじゃん」
「すごくないって」

ハハハ、と棒読みで笑いながら心操くんはあんまり興味なさげに否定していた。体育祭のあと、心操くんをいいなって言う女の子は増えた。それはいわゆる部活で活躍する先輩をかっこいいって言うようなそんなミーハーな感じだろうけど、先生たちが彼に一目置き始めたというのも本当だ。本人が気づいているのかは分からないけれど、今まで同じクラスで同じ扱いを受けていたわたしからすればすぐに分かる。それは、今までこうしてクラスメイトとして仲良く接してきた心操くんが少し遠くに行ってしまったような気がして、ほんの少しだけ寂しい。うーん、この話もやめておけばよかった。やっと日誌の空白を埋め終わる。夕暮れは少し暗くなり始めていた。シャーペンを置いてわたしは机の背もたれにだらんと寄りかかる。

「お疲れ。日誌、出してくる」
「え、いいよ!わたしも行くよ!」
「ああ、いいよ。先生に用あるし」

日誌と提出するプリントを持って席から立とうとする心操くん。先生に用がある、って、そんなの体育祭の前まで聞いたことなかったのに。わたしが知らないだけであったかもしれないけど。やっぱり距離を感じてしまってほんの少しの寂しさは明確になってしまった。わたしが立ち上がるまで待っていてくれているのか、心操くんはこっちを見たまままだ席を立たない。わたしはなんとなくそっちを見れなくて俯いた。

「心操くんがヒーロー科行っちゃったら寂しいなあ」
「寂しがってくれるんだ」
「だってもう日直一緒にできないし、おはようって言えないし」
「いや、おはようは言おうよ」
「毎日話せないかもしれないし」
「携帯あるじゃん」
「だってそんな、彼女でもないのに毎日連絡するの変じゃないですか…」

そこまで言ってちょっと口が滑りすぎたことに気づく。ど、どうしよう、これじゃあまるで、と思って心操くんを見ると幸か不幸かこっちを見ていなかった。だってわたし多分、今、顔が赤い。心操くんが「あー…」と何かを言おうとして、頭をガシガシとかいている。

「じゃあ、彼女になっちゃえばいいんじゃ、ないですか」

じっと心操くんを見てしまった。まるで時間が止まったみたい。彼はこっちを見ない。薄暗いせいではっきり見えないけど、どんどん耳が赤くなっていってるのが分かる。ふいに、心操くんが立ち上がる。ぱっとわたしの方を見てそれから口元を手で覆った。少しうろたえ気味に眉が下がってて、その顔を見てわたしの心臓がドクン、と反応する。まるで時間を動かし始めたみたいに鼓動が早くなる。心操くんの口をふさいでいた右手が体の横におりて、口が開く。

「ごめん。やっぱり言い直させて」
「しん、そうくん…」
「俺、みょうじさんのこと好きなんだ」

こっちを見たり、どっかを見たり、でもやっぱりこっちを見て、頬を染めながら心操くんは丁寧に言葉を紡いでくれた。わたしもすぐにだって好きって言い返したかったのに息を吸うのがやっとで、言葉の出し方を忘れたみたいに喉が閉じて何も言えそうになかったので、心操くんの目をしっかり見つめて頷いた。それだけで泣きそうになった。心操くんもちょっと泣きそうな顔してた、ような気がする。そのあと少しの沈黙があってから、わたしたちはどっちからともなくフフフと笑った。それは初めて感じるような気持ち、けれど多分しあわせっていう名前なんだろう。

体育祭で心操くんのかっこよさに気づいた女子の皆さん、ごめんなさい。あなたたちは一足遅かったようです。なんてね。



(明日から空は春色)
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