霊とか相談所で秘書をはじめてから一番おどろいたのは、霊幻さんに好きな女の人がいると知ったことだ。

そのひとはみょうじなまえさんと言って、きっとOLというやつ。なまえさん(名前で呼んでって言われたのよ)は、土日の、客足が一気に少なくなる夕方になるとかならずお土産にかわいいお菓子を持ってやってくる。霊とか相談所は基本的には暇だけれど、土日は仕事が休みの人も多いため意外とお客さんが来る。そして土日の予約は大半が「肩に霊が憑いている気がして重い」というお客さんばかりだ。

一度、霊幻さんに「霊って肩に憑きすぎじゃないですか?界隈でウワサにならないんですか?肩は見つかりやすいみたいな…」と聞いたら「肩はとり憑きの登竜門だからな。次は腰」と言われた。絶対適当こいてるなコイツと思ったが言わないでおいた。なぜならわたしはデキる秘書だから、わざわざ所長の揚げ足はとらないのだ。

そんなわけで、今日も今日とて土曜日の夕方16時。そろそろなまえさんがやってくる。ちらり、と霊幻さんを見ると大人しく座っている…ように見えるが10秒おきぐらいに腕時計を見たり、壁がけ時計をみたり、携帯の時計を見たりと事務所で確認できる時間という時間を気にしていた。

この状態の霊幻さんはもう何回も見ているけど、こんなにあからさまにソワソワする人間見たことない。…いやあるわ、モブくんも確かこんな感じだったわ。最初はただ落ち着きがなくてトイレでも我慢してるのか?ぐらいにしか思っていなかったけれど、何度も見ているうちにすぐにわかった。霊幻さんは、なまえさんが来るときだけ緊張するのだ。

あ、窓から外を見てる。と見せかけて髪型直し始めた。男っていくつになっても窓ガラスで身だしなみを整えるのね。トイレ行けばいいのに。今日のおやつはなんだろうと期待しながら待っていると、がちゃりと事務所のドアが開いた。

「い、いらっしゃいま――」
「あ、ただいま戻りました霊幻さん」
「霊幻さん、こんにちは」
「…ああ、どうも」
「なまえさん、ごきげんうるわしゅうね!」
「あ、トメちゃん!はいこれ、お土産。よかったら食べてね」

なまえさんはにこやかに笑ってお土産をテーブルの上に置いてくれた。あ、これ昨日テレビで見たやつだ。今日も高くて美味しそうなものをもらえた。ウキウキで自分の分のチーズケーキを手にとっていると、ふと変な、おそらく負のオーラを感じた。

チーズケーキを前にしてこんな負のオーラを出すなんてどこのどいつだと振り返ると、まあここにいる人間は限られているのでわかっていたのだけれど、なにやら面白くなさそうな顔をしている霊幻さんがいた。うわあ、すごい真顔になってる…。さっきまであんなに嬉しそうにソワソワしてたくせに…。

「一緒だったのか芹沢…」
「はい。学校によった帰りにちょうどなまえさんと会って、一緒に来たんです」
「一人で並ぶの嫌だったから本当は違うのにしようと思ったんですけど、芹沢さんに頼んで一緒に並んでもらっちゃいました」

えへへと照れくさそうに笑うなまえさんは、わたしから見てもほっこりとしていて可愛かった。並んだというのはきっとこのチーズケーキの店のことだ。テレビでやるくらい人気だから行列だったのね。

それはいいとして、また霊幻さんを見ると「ふううううん」とただの相槌のはずのふうんにめちゃくちゃ感情をこめて返事をしていた。もはや相槌ではなく唸り声にさえ聞こえる。ていうかこの人、本当にわかりやすいな。芹沢さんもなまえさんも意外と天然だからきっとふうんに込められた真意にはまったく気づいていないんだろう。霊幻さんだってなまえさんとチーズケーキの行列に並びたかったのよね…安心して、秘書のわたしはわかってますから。

チーズケーキをほおばりながら霊幻さんに視線を送ってみたがちらりとも見やがらなかった。もう知らん。チーズケーキもやらん。

「今日はお客さんいっぱい来ましたか?」
「ん。まあまあだな」
「今日は朝に予約が1件でしたね霊幻さん」
「ん?まあ…芹沢、チーズケーキ食ってていいぞ」
「え?あ、はい…」

霊幻さんはなまえさんが来るとなぜかいつも忙しいふりをする。これは学校の友達にやんわり話したら言ってたんだけど、儲かってるアピールをしたいらしい。男はやっぱり経済力よね、と言っていた。霊幻さんには霊能力しかないからわたしは心配だ。

「まあその1件もなかなか大変な依頼だったからな。ほぼ10件分の依頼と言ってもいい」
「(どういうことだよ…)」
「ほんとびっくりでしたよね。悪魔を召喚してほしいなんて」
「え、悪魔?霊幻さん、悪魔も祓えるんですか…!?」
「霊体として考えれば悪霊も悪魔も似たようなもんだからな。ただ、悪魔は霊と違って根本がひとつの生き物だから知能があって会話もできる」
「(何言ってるのか全然わからないけど、霊幻さん悪魔と会話できるの!?)」
「どうしても悪魔を呼びたいって言ってる依頼人を、霊幻さんが説得してとめてくれたんだ」
「(祓ったわけじゃねーのかよ!なんださっきの悪魔に対する豆知識!)」
「一番の悪魔は、人の心に住んでいるってことだな」
「へえ!すごいですね、霊幻さん!」

全然すごくねえ!なんか決めゼリフ言ったみたいなドヤ顔してるけど、ただ悪魔に憧れてるタイプの厨二病に説教してきただけだこの人!実はまだ今日の依頼の詳しい話を聞いてなかったわたしは驚愕を通り越して、霊幻さんはニートとか厨二病を社会復帰させるカウンセラーをやった方がいいんじゃないのかと冷静に可能性を見出してしまった。

なまえさんは全面的に霊幻さんの言うことを信じているらしく、なんの疑問も持っていないようなきらきらした瞳をしている。きっとこういう人が詐欺に引っかかるんだ。わたしも気をつけないと。

「それで…その、今日はもうこのあと依頼が入っていないから早めに閉めようと思うんだが」
「えー!待ってください霊幻さん!わたし今日留守番しかしてなくてもの足りません!」
「トメちゃん、ここを暇つぶしに使ってないで少しはJKらしく友達とカラオケだのタピオカだの行ってこい」
「タピオカに行くって日本語どうなのよ…でもいつもならもう少し粘るじゃないですか!週末はアホな酔っ払いが冷やかしで入ってくるからぼったくりどき――」
「トメちゃん!!!明後日の除霊の依頼、特別に同行を許可する!!!」
「仕方ないですね、今日はもう帰ります」
「(トメちゃんて時々すごくちょろくて少し心配だな…)」

もう霊幻さんたら、それならそうと早く言ってくれればいいのに。そうと決まればとっとと帰って除霊の本でも読むとするか。わたしはそそくさとカバンを手に持って立ち上がる。

「あ!芹沢さん、わたしの買い物にも付き合って」
「えっ、なんの?」
「除霊本」

ついでに芹沢さんも連れて行く。ああ、なんて気の利く秘書なんだろう。来週絶対除霊の仕方教えてもらおう。「じゃあお疲れ様でーす」と言いながらすたこらと事務所を出る。

あーあ、霊幻さん平静を装ってるけどちょっと顔赤くなってるじゃん。もしかしてこのあと食事に誘うつもりなのかな。いつもより入念に髪型チェックしてたし、スーツもよれてなかったし、ネクタイ新しいの買ったって自慢してきてうざかったし。芹沢さんの腕を引きながら、霊幻さんが照れ隠しをしながらなまえさんを食事に誘っている場面を想像した。うわ、面白そうだからちょっと見たい。



(勝手にさせてあげる)
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