01
「サイタマ…?」
「…………なまえ?」
そう。初めて会ったときもこんな感じだった。なんのドラマもへったくれもなくって、ただ偶然バッタリ遭遇して、しばらく目が合う。本当にそれだけ。
運命だとは思わなかった。こういうこともあるんだなあぐらい。お互いにむなげやのレジ袋を持って、微妙な距離で見つめ合う。久しぶりに会った昔の恋人は、爆裂にハゲていた。
「ど、どど、ど、どうしたんだよお前…家ここら辺だったか…?」
「ううん、違うけど…むなげやの大特価特売だったからちょっと足を伸ばして…ていうかサイタマ、ハ――」
「奇遇だな!俺もここら辺に住んでんだよ!」
「いやだからわたしはここら辺に住んでなくて、ていうか本当にサイタマ?なんでそんなにハ――」
「よーしわかったこれやるよ!お一人様1パックまでの黄金のタマゴバラエティパック!」
「いや、いらない…」
ハゲていた。サイタマはもう猛烈にハゲていた。そこには毛根の神様の慈悲など見る影もなく、まるで元々そうだったかのように真っ白い――否、肌色のキャンバスかのようにハゲていた。どうしてもハゲと言わせてくれないところを見ると、本人も相当気にしているのだろう。
「…ふふ、久しぶり。元気そうだね」
「あ、おう…まあな」
お互いに所帯染みたスーパーのレジ袋を持って、廃れた町の道の真ん中で思わず吹き出した。昔付き合っていた頃と比べるとサイタマはだいぶ変わったけれど、こうしていると一気に昔に戻った気がして懐かしさが込み上げてくる。別れてから一度も連絡をとらなかったからてっきり死んだのかなと思っていたけれど、死んだのは毛根だけだったようで安心した。
「ところで、就活はどうだったの?」
「ん?ああ、実はさ、」
「うん」
ぽりぽり、と頬をかくふりをしてサイタマは少し言葉を探しているようだった。あれ、もしかしてフリーター生活満喫中ってこと?地雷をふんじゃったかなと心配して、「やっぱりいいよ言わなくて」と言おうとしたら。
「俺今、プロのヒーローやってんだ」
そんなに覇気はないけど、でもちょっといい顔でサイタマは言った。って、え?いや、え…?ヒーロー?サイタマが?わたしは思わずフリーズした。だってヒーローってあのヒーロー協会で働いてる、戦慄のタツマキとかアマイマスクとかキングとかそういう人たちがやってるあれ?びっくりしすぎてレジ袋を落としそうになってしまった。危ない危ない。一人1パックまでの普通の卵が…。わたしは少しだけ冷静に考えて言葉を探した。
「びっくりしたけど、なんか、サイタマらしいね」
「え…」
「うん、似合うよヒーロー。がんばって」
「あ、ああ…!」
サイタマがちょっと嬉しそうな顔をした気がした。久しぶりに見たな、そんな顔。ヒーローの仕事がどういうものかわたしにはよくわからないけど、就活に失敗してボロボロだったサイタマがわりといい顔して言える職業っていうことは、それなりにうまくいっているんだろうと思った。
「サイタマの近況聞けてなんか安心した」
「その節はマジで…ご心配を…」
「あはは、いいよいいよ。じゃあ立ち話もなんだし、そろそろ帰るね」
「えっ」
歩いてきたとは言っても、むなげやからわたしの家まではそれほど近いわけでもない。遅くなるとここら辺は治安が悪い。さっさと帰りたいのはサイタマも同じだと思っていたのに、抗議の意を感じる声に思わず体がとまった。まだ何か言いたいことでもあるのかな。「どうしたの?」と聞くと、サイタマはまた頬をかくふりをして言葉を探している。
「お、俺んちこの近くなんだけどよ」
「うん」
「良かったらよってかねえ?帰り、送るし」
「サイタマ…」
「…」
「ごめん。わたし今彼氏いるから、それはムリ」
「えっ?!」
「じゃあね。またむなげやで会ったら話そ!」
びっくりしてるサイタマを置いて、わたしはそそくさと帰った。
★
「先生、お帰りなさい!なぜ俺が戻ってくるまで待っていてくれなかったんですか!タイムセールには十分間に合ったはずです!」
「待て待て一気に言うな会話する気ないだろお前。いやとっとと買い物すませたかったからいいんだよ」
「…先生?少し体温が上がっているようですがもしや道中戦闘でも…?おのれ、スーパー帰りを狙うなど…!」
「ジェノス、ジェノス?さっきから俺の返事を挟まずに一人で会話するのやめてくれる?怪人じゃねえから」
「ではなにかあったのですか…?体温の上昇に反して、浮かない顔をしていますが…」
「ああ、いや…ちょっとな…」
適当にあしらってはみたものの、ジェノスはまだ納得いっていないような顔をしていた。でもそれ以上俺がなにも言わなかったので諦めてくれたらしく、「風呂掃除をしてきます」と風呂掃除に向かった。
びっくりした。本当にびっくりした。まさかむなげやでなまえに再会するなんて思ってもみなかった。だって今まで全然会ったことなかったのに、なんで急に。柄にもなく俺は動揺していた。
なまえと俺は、俺が就活に失敗してウダついていた頃に別れてしまった。去っていったのはアイツの方からだったが、ほとんど俺のせいみたいなものだった。余裕がなくてイライラしてて、それでもそばにいてくれたなまえに甘えて負担をかけていたのだ。許されたいわけじゃないが、いつか会いに行ってその時のことを謝ろうと思っていた。結局連絡できないまま時間が経ってしまったけれど。
ぼーっと天井を仰いで、さっき会ったなまえの顔を思い出す。
「……彼氏、いんのか…」
ケロッとした顔で言ってたな。思わずうなだれて、テーブルに顔を突っ伏した。彼氏いんのか。いるよなそりゃあ。
(あいつやっぱ…かわいいよな…)