なにかというとまず、頭のなかでこの言動が正解なのかを確認する。思慮深いのか、優柔不断なのかは分からない。自分の選択に正しさを感じられるまで悩む、それはわたしのクセだった。だから今日もただどっちの靴を履くかでこんなにも迷っている。結局選んだのは、先週硝子と買いに行ったぺたんこのパンプスだ。買ってからすでに何回か使っているので履き心地は分かっている、靴擦れも多分しない、ヒールじゃないから疲れない、雨が降ったら少し嫌だけど。そんななんの弊害も感じさせないパンプスを履いて寮を出た。

「なまえ」

雑踏のなかから、傑に呼ばれる声がした。いつもはきっちりとくくっている髪は無造作に結ばれていて、最後に会ったときよりもだいぶ伸びたその髪のほうに視線が向かう。目の合わないわたしに苦笑して傑はもう一度「なまえ」と優しく呼んだ。教室にいるときと変わらないその声色に少しだけ心臓の音が落ち着く。けれど一歩、彼が近づいてきたとき、反射的に一歩後ずさった。傑はそれを見逃さなかったようで、こちらに近づくのをやめて少し寂しそうな顔で微笑む。なんて愚かなことだろう。ついさっきまで心は必死に傑を信じていたのに、わたしという個体は当たり前にこの人を恐れた。新宿を行きかう人たちに紛れて、唯一見つめ合っているわたしたち。けれどもう、彼の瞳の奥に眠る本音を見透かすようなことはできなかった。

「何か聞きたいことは?」
「わたしに、できることは…?」
「そうだね。悟と硝子に、よろしく言っておいてくれ」
「悟と、硝子に、」
「それからなまえは、私のことを忘れて」

言葉を返す暇もないまま傑はわたしに背を向けて雑踏の中を進んでいった。追いかけていけばいい、だって今日はぺたんこのパンプスだから、きっと走っても大丈夫。悟と違って傑は優しいから、いつものようにのろまなわたしが追い付くまで待っていてくれるはずだ。今回も同じ。すぐに、早く、追いかければ、そう思うほどに足はアスファルトに沈んでいくように重くなる。ああ、間違ったんだ。傑から一歩、後ずさった。開口一番、連れて行ってと言わなかった。だからこうなってしまった。どこにいたって見つけられたはずの傑の姿が、わたしの世界から消えて探すこともできなくなる。最後の「忘れて」という言葉はまるで手向けの花のように儚い。おそらく、開口一番に連れて行ってと言ったとしても同じことを言われたに違いない。

何度も何度も、考える。今、なにを言ったら正解になっていたのだろう。そもそもこの状況の正解ってなんなんだ。なにをどう言って、どうなったなら、正解だったの?だって傑はもう、ひとをころしてしまった。そんなどうしようもないできごとを抱えたままで、一体どんな未来を拓けたというの。

わたしは自分の選択に自信がない。いつも誰かにとっての正解ばかり考えているから、いつまでも答えを見つけられない。でもこの情けない悪癖のおかげで、傑がわたしを置いていきたかったという、彼にとっての正解をちゃんと導き出せたのだ。これは凄いことだ。わたしにとっての正解は、あなたの傍にいることだったけれど。
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