「義勇さん、それはちょっとおっきすぎると思います」
「不死川ならこれくらいは食べられる」
「でもそれじゃあ懐には入りませんよ。もこってなっちゃうと思います」
「もこっとなるか…」
「形も崩れちゃうと思います」
「なに…」

一瞬、蹴鞠か?と思うぐらいに大きなおはぎを前に義勇さんは悩ましい顔をしていた。懐に入れる想像をしたらやはり現実的でないと気づいたのか、三等分ほどにして「これくらいか」と言っているような顔でわたしを見つめてきたので、しっかりと頷いてあげた。
ようやく大きさに納得がいったらしい義勇さんは、おはぎの上にヘラでべちりべちりとあんこを乗せていく。おはぎの大きさはガバガバだったけれどあんこに関しては丁寧な仕事をしていので安心した。

「ところでその不死川さんという人とは、お茶会の約束でもしたんですか?」
「していない」
「えっ…じゃあなんでおはぎをあげるなんていう話に…」
「不死川はおはぎが好きだから、今度会ったときにあげようと思っている」
「ああ、そういうことですね。不死川さんは楽しみにしてるみたいでしたか?」
「いや。これは秘密でやっている」
「(なぜ!?)」

べちりべちりとたくさんのあんこを乗せながら義勇さんはムフフとドヤ顔をしていた。おそらく、黙っていたところでふいに渡してあげたほうが喜びが倍になる、という作戦なのだろう。義勇さんは澄ました表情に反して茶目っ気を忘れないところがある。
しかし、しかし。少しあんこを乗せすぎじゃないかなあと義勇さんを見守りながらも、正直わたしは動揺していた。

わたしは不死川実弥さんという人を知らない。義勇さんの話題に時折名前が上がるので、彼が働いている鬼殺隊の柱の人だということは分かる。ちょっと粗雑な印象があるけれど、強くて賢い人なのだそうだ。下の名前はさねみちゃんという。周りの人にはおそらくさねちゃんと呼ばれているに違いない。
そんなさねちゃんこと不死川さんに、あの義勇さんが贈り物をあげようとしている。それはまさしくわたしにとって空前絶後の青天の霹靂だった。一旦落ち着こう。

義勇さんという人は、他人と親睦を深める際にその人の好きなものを与えるきらいがある。そのことは自分が身を持って気づいたことだった。
おまんじゅうが好きだといえばおまんじゅうを、牡丹が好きだといえば牡丹を、夕日が見たいといえば綺麗に見えるとくべつな場所へ連れて行ってくれたこともある。口下手ながら一生懸命なその行動に、絆されてしまった側の人間なのだ。
だからこそ、この不死川さんおはぎ侵攻戦はわたしの心を酷く揺らした。しかも手作りのおはぎだ。相当気合が入っている。こんなことをされたら嬉しくないわけがない。だってわたしがそうだったから。

改めてそう思い直すと、どくんどくんと鼓動が波打つのを感じた。形を整えた自分のおはぎをお皿に移しながら、ごくり、と生唾を飲み込んだ。

(義勇さんは自分の気持ちに少々疎いところがあるから自覚してなさそうだけど、きっとほんとうはさねちゃんのこと…)

いつからからか、義勇さんがお休みの日はこうして一緒に過ごすようになっていたせいですっかり油断していた。義勇さんにとってわたしはただのお友達にすぎないんだ。きっと今、義勇さんはさねちゃんのことが気になっていて、だからこんなにも一生懸命におはぎを…。
正直落ち込んだ。こんな気持ちになっているのはわたしだけなんだろう。気を抜くと涙が出て流れてしまう。隠し味は失恋の味ってか。勘弁してください。

「あの…義勇さん。不死川さんてどういう人なんですか…?」
「露出している」
「!!(なにを!?どこを!?)」

以上、と言わんばかりに義勇さんは黙る。そんな、情報が少なすぎる!
動揺に動揺を重ねるこちらのことなど梅雨知らず、最後の仕上げに綺麗にあんこを撫でつけて、おはぎを包む義勇さん。わたしはといえば予想だにしなかった不死川さん情報に動揺して、ヘラですくいあげた大量のあんこをおはぎにベチャッと落としてしまった。なんとか余分なあんこを戻して、べちりべちりと乗せていく。

「できた」

包んだおはぎを大事そうに持つ義勇さんから完成の報告があった。懐に入れてみたりして、「ちょうどいい」と呟きほくほくとした達成感に包まれている。
ああ、もうできてしまった。きっと今からさねちゃんに渡しに行くんだ。きっと、露出の多い豊満な体を熱っぽくしてツンデレのデレの部分を出して義勇さんにありがとうって言って義勇さんもまんざらでもない顔をして――!!
激情はすべておはぎにぶつけた。「へえ!いい感じですねえ!」と言いながら、べちん!べちん!とあんこを乗せまくる。あんこに埋もれておはぎが見えない。自分の気持ちに知らんぷりをして、傷ついていないふりをして本音を覆い隠す。そうしてできあがったものは、まるで今のわたしの心のなかみたいな暗黒のおはぎだった。あんこだけに。はははっ。

「いいなあ、不死川さん…」
「?」
「はっ!」

思わず口から心の声がこぼれた。義勇さんにもばっちり聞こえていたようで「何がだ?」と言わんばかりの顔でこちらを見ている。

「あ、いやその、おはぎ…」
「おはぎ、好きだったのか」
「そうじゃなくて…あの義勇さん」
「?」
「おはぎもですけど、そんなに色々なものをあげていると勘違いされますよ」
「不死川にはおはぎしかやらない」
「そうじゃなくて!」

べちりぃん!とあんこを叩きつけるように乗せ終えて、気持ちをぶつけるようにしておはぎに最後の仕上げをする。近くに置いておいた竹皮を引っつかんでなかば投げやりにおはぎを包んだ。

「そんなに気にかけている素振りを見せたら、義勇さんのことを好きになっちゃうかもしれませんよ!」
「不死川が俺を?」
「はい!!」
「それは別に困らない」
「んなっ!?」

包み終えたところで衝撃の言葉が聞こえ、いよいよわたしの精神は崩壊しそうだった。心がガラス玉なら、ピシッとヒビが入ったところだ。
義勇さんが何を考えてるのかさっぱりわからない。いやわかる、さねちゃんを狙ってる。巨乳でツンデレのだけど頼りなるさねちゃんを、一人の"男"として狙いにいってるのだ。そりゃあ好かれても困らないだろう。
そんなことをいくら頭で理解していてもあっさり諦められるほど簡単なものではないのだ、恋とは。泣きそうになるのを必死に堪えながら義勇さんに返す言葉を考える。包んだおはぎを持つ手に力がこもる。このままではおはぎを潰してしまう。
そうしてやっとの思いで義勇さんのほうを見ようとしたら、いつのまにか目の前に彼の綺麗な顔があった。

「それで言うと、お前も俺のことを好きになったということか」
「えっ」
「そうなのか」
「わ、わたしは、あのっ」
「よかった。俺もなまえが好きだ」

ぼとんっ、とせっかく作ったおはぎを落としてしまった。



(おはぎ侵攻戦)
..