こんにちは。定時は9時から18時、月残業平均10時間以内のホワイト企業(でも部長の息は臭いし先輩のネクタイの趣味が悪い)で働いている27歳独身女性です。
今日、わたしは気になる人と3回目のデートに来ているのですが、なんとベタベタなことに靴擦れを起こしてしまい身動きが取れなくなっています!

「足、まだ痛みますか?」
「だだだ大丈夫です!ほんとうに大丈夫なので!」

足を休めるために公園のベンチに腰掛けるわたしの前で、七海さんが心配そうな顔をして跪いている。生まれてこのかた、男の人というか人間に跪かれたことのない人間なので、別に悪いことをしているわけじゃないのに妙に辺りを警戒してしまった。いいんですか?わたしごときが"男"を跪かせて、世界は許してくれるのですか?
心のなかで神様に懺悔をしながらもう一度周りを確認する。大丈夫、誰にも見られていない。しいて言えば少し向こうにあるソフトクリーム屋にお兄さんがいるぐらいで、ついでに目が合ってしまったぐらいだ。こっちを見ないでお願いだから。

わたしが知らないお兄さんとじりじりと睨み合ってるなか(睨まれてはないと思うけど)、七海さんはふむ、と考えこんでいるようだった。そりゃあそうだ。これからのプランを台無しにしてしまったのだから。せっかくの丸1日デートだというのに靴擦れを起こす靴をチョイスするなんて、完全に浮かれていた。山なら死んでいる。
それだというのにわたしはのんきに七海さんに見惚れていた。(多分こういうところがよくないのかもしれないね)今の体勢からだとちょうど伏目がち見えて、男の人にしては長くてしなやかな睫毛とか、綺麗に通った鼻筋とか、彼の顔をつくる色々なパーツたちがみんな1mmの狂いもないくて、やっぱりかっこいいなあと思った。どき、とときめく心臓と、ずき、と痛む足で、わたしはたぶん変な表情をしているのだけど。

「もう少しここで休んでいきましょう」
「ごめんなさい…」
「謝らないでください。ただ座っているのもなんですから、なにか買ってきます」
「え!?いいですそんな!わたしの分はいいです!七海さんだけどうぞ!」
「そういうわけにはいかないですね」
「うぅ…ちゃんと自分のは払いますので」
「…そうですね。では次また公園に来ることがあったら缶コーヒーでもご馳走してください」

そう言って七海さんは立ち上がりどこかへ行ってしまった。あまりのスマートさに恐れ慄く。絶対次公園に来ても同じことを言ってご馳走してくれるパターンのやつだ。それよりなにより、さりげなく"次"とまた会うことを匂わせてくれたところに素直にときめいてしまった。はあ、と溜息を吐きながら足元に視線を移す。

(好きだ……)

心からの気持ちだった。本心すぎて真顔になってしまうほどだ。
だいぶ痛みの引いた足をぶらぶらさせながら今日までのことを振り返る。さっきも言ったけど正直もう七海さんのことが完全に好きだ。出会いこそ彼からひょんなことで声をかけてくれてから始まったけれど、今となっては多分もうわたしのほうが絶対好きだ。
3回目のデートでキメるのが普通なのか早いのか遅いのか分からない。もしかしたらちょっと早いかもなんて理性がアドバイスしてくるけれど気持ちは高まる一方だった。女の人から告白するのってだめかな?男の人からのほうがいいのかな?血眼になってネットの恋愛アドバイス記事を読んで眠れなくなった夜を思い出しては、頭のなかでぐるぐると気持ちがめぐる。
思考を整理するどころか余計混乱し始めたとき、ふと目の前に影ができる。七海さんが戻ってきたのかと思って勢いよく顔をあげた。

「お姉さん大丈夫?具合悪いの?」
「俺がお水買ってきてあげよっか?」

七海さんの"ナWの字もなかった。わたしは思わず阿修羅の顔になる。

「…俄然大丈夫です」
「え?俄然〜?俄然具合悪そうだけど」
「大丈夫です。風邪ひいたことないので」
「え〜それはやばいわ〜!ルフィじゃん!」
「え〜やば〜!健康の呼吸じゃん!」

え〜、え〜ときゃっきゃしながら見知らぬ男2人組の片方がとなりにどさっと座った。ウソだろ、距離感という概念がないのか?ドン引きのあまりなにも言えないでいると嫌がっていないと捉えられたのか、そのままわたしを置いてけぼりにしながら中途半端なジャンプネタで会話を続けている。
ギャグに対する才能のサの字も感じさせない会話になのか、七海さんと来ているのにナンパに合って激萎えしたせいなのか、目眩がして倒れそうな気持ちだった。
どうしよう。なんとかして追っ払わなければと思ったとき、さらに目の前に影ができる。

「あなた方は彼女の友人ですか?」

ぬんっ、という効果音とともに2つのソフトクリームを持った七海さんがそこに立っていた。午後15時頃の太陽を背負い、逆光で光る七海さんのメガネ、そして漏れた日差しに照らされるソフトクリーム(2つ)。

「えっ…え〜、あ〜俺らは、なあ?」
「この子が具合悪そうだったから、なあ?」
「あなた方は」
「えっとぉ〜…」
「彼女の友人ですか?」

それから2人組は綺麗に声を揃えて「違いま〜す」と言い残しすごすごと去っていった。秒だった。
七海さんは彼らの姿が見えなくなるまでソフトクリームを持ったままじっとそっちのほうを見ている。わたしはといえば、どこからツッコんでいいか分からずただただ呆気に取られて、ソフトクリームが七海さんの高そうな腕時計に垂れませんようにとぼんやり神様にお願いするしかできなかった。
完全に2人組の姿が見えなくなり七海さんはようやくこっちを向いてくれた。どうしてか申し訳なさそうな顔をして、「お待たせしましたね」と言いながらソフトクリームを渡される。ありがとうございます、とお礼もほどほどにわたしたちは少しの間の沈黙をソフトクリームを食べながら過ごした。

「あの…なんでソフトクリーム…」
「さっきみょうじさんがソフトクリームを見ていたような気がしたので」

あたりを警戒してソフトクリーム屋のお兄さんと目が合ったときのことだ。出会った頃から思ってたけどほんとうに周りをよく見ている人だ。そういうところも、好きだと思った。
ちらりと隣に座っている七海さんを盗み見る。大きくてかっちりした雰囲気のひとが控えめにソフトクリームを食べている姿はミスマッチでかわいい。七海さんもソフトクリームを食べるんだなあと思うとなぜだかそれだけで幸せな気持ちになる。
しばらくふたりで一生懸命ソフトクリームを食べた。変に流れる沈黙は重くはないけれど、無性に心臓をドキドキさせる。
そしてわたしのなかに住む天使がふと囁いた。「今じゃね?」と。告白のことだ。

「(え!?今!?絶対ちがくない!?ソフトクリーム食べてるのに!?!)」
「…さっき、みょうじさんがあの2人組に囲まれているのを見たとき」
「(ちがうじゃん!こういうのは帰り道にしっぽりぽそっと言うほうが絶対かわいいじゃん!)」
「本当は、私の彼女になにか用ですか、って言いたかったんです」
「(そうそう逆にこんなふうにさり気なく言うほうが、)………えっ?」

聞き間違いかと思って七海さんのほうを向くと、あんまり優しい目をしているから今のは聞き間違いなんかじゃなかったみたいだ。少し眉を下げている顔が照れくさそうに見えて心臓が跳ねる。
どうしたらいいかわからなくなってソフトクリーム屋のお兄さんのほうを見たら、遠くから優しい顔でグッドポーズをしてくれていた。



(糖度は高めでお願いします。)*Twitter再掲
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