10年前とか1年前とかほんの昨日のことでさえあやふやになるのに、3700年前からその気持ちだけは変わらないなんてとんだ美談に言葉も出なかった。心底くだらない、と思った。



運命の輪の交わらないところ




「なまえちゃん、そろそろ戻ろうよ〜。もう夕飯の時間だよ〜?」

めいいっぱい下手に出た声色で声をかけても返事すらされなかった。こりゃダメだ。半ば諦めて小さく溜息をつく。音の少ない世界で、さわさわと静かな風が髪の毛をさらっていった。
村の少し外れの森のなかでちょうどいいきりかぶの上に腰掛けている女の子は、まるで捨て猫みたいな泣き腫らした顔をして薄暗くなり始めた虚空を見つめている。なにも見てないように思えてもきっとそこには相変わらず彼しか映っていないんだろう。

何を話していたのかは聞いていなかった。いつも通り話しているのかと思って眺めていたら急に空気が変わったのでこれはやばいと思って見守っていたのだ。困惑した目と迷っている目が見つめ合っていて、そのまま困惑した目の持ち主は森の方へと駆け出していく。
たまたまた居合せただけなのに彼と目が合い、言われたことと言えば「最近、飯の匂いに釣られて野犬が出る」。たったそれだけだった。なにをしてほしいなんて言われたわけじゃない。
脳みそのどこにしまっているのか分からないくらいのたくさんの知識も、こういうときは役に立たないときっと本人も分かっていると思う。

ちらりと探るような目が俺を見上げる。こうしていつもひとりで泣きそうな顔ばかりしているのを俺はちゃんと知っているのに。

「せんくう、は…?」
「ラボに戻っちゃったよ」
「…千空になにか言われた?」
「なあんにも言われてないよ。俺って色男だからさあ、駆け出した女の子のことはどうしても追いかけちゃうわけ」

ふうん、と返事にすらならない薄い声を出してまた虚空を見つめる。なにも言われてないと言ったらウソになるけど、あのセリフをなにかの意思や指示だと捉えるのは難しい。
けれど千空ちゃんは、それを言うだけで俺がどうするかなんてわかっていたはずだ。本当は引き止めたい想いを隠して、相変わらず迷った目で俺を見送る顔を思い出した。
しょんぼりとうずくまる小さな肩を見ると胸のあたりがむかむかする。まるい頭を見下ろすとどうにもいろんな言葉が浮かんでくる。本当はなにを言ったらいいかなんてわかりきっていたのに、それでもそのなかからできるだけ投げやりな言葉を選んだ。

「もういいんじゃないの、そんなに頑張らなくても」

返事は何も返ってこなかった。前にも後にも進めないふたりは同じ場所をぐるぐるまわって同じことばかり繰り返している。前に進めばいいのにそれを選択しないのは本当は時代のせいなんかじゃないというのをきっとお互いどこかでわかっているはずだった。
それでも頑なに離れないことを周りはきっと運命だなんて言うんだろう。3700年前からずっと想い合っているふたりだからと。まるでほかにはなにもないみたいに。溜息がこぼれる。

「ねえなまえちゃん。本当にさ、ここに千空ちゃんに来てほしかった?」

こういうときだけかち合う視線はいつも真っ直ぐで悲しいほど揺らがない。心底くだらない。苦しいなら捨ててしまえばいい、痛いなら逃げてほしい。もっと優しい包みかたなら俺のほうが知っている。

運命なんて結果論にすぎないんだ。自分の恋が正しかったはずだと、たくさんのロマンチストたちが頑張って演出しただけだよ。そんなのいくらだって作ってあげられる。そうでなきゃ。
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