「みょうじ、お前ひとの作戦室でなにゆっくりしてんだ」
「いいじゃん、同級生のよしみじゃん」
「そうじゃねえ。これはコンプライアンス上の問題だ」
「え?コーンポタージュ?」

バカなやつ、とでも言いたそうな顔で荒船はわたしを見た。しかし彼は結局なにかを言うことはなく、ただ黙って、子供のように擦りむいたわたしの膝に気づき「膝、見せてみろ」と言って手当てを始めた。丁寧で迅速で、滞りない手当てをする荒船。普段はトリオン体だからめった傷の手当てをすることなんてないのに。さすがパーフェクトヒューマン荒船、と心の中で賞賛した。

「ま、これでいいだろ」
「ありがとうございました」
「どういたしまして」

よっこらせ、とは言わないものの、そんな動作で立ち上がった荒船は、帽子をとりながら隣に座った。荒船隊の作戦室には、今は誰もいない。そんなに騒がしい隊じゃないからいつもと変わらないけれど、どことなく気まずい空気が漂う。シーン…とした沈黙を破ったのは荒船だった。

「久しぶりに生身でこんな怪我してるやつ見た」
「良かったね、レアものだよ」
「どうやったらこんな少年のような怪我するんだよ」
「転んだの、普通に、よそみしてて」
「よそみしたくらいで転ぶなよ。ボーダー隊員だろ」
「ボーダー隊員だってよそみしたら転ぶよ」
「なんでよそみしてたんだよ」

荒船の方は見なかった。代わりに膝の上に置かれている帽子を横目で見る。わたし達はいつもこう。決まってわたしがなにかやらかして、荒船のところにきて、荒船がふんふんと話を聞いてくれる。「みょうじは世話が妬けるな」と冗談めかしに言うその言葉を、いつも待ちわびている。無骨で優しいその手が、わたしの頭を撫でてくれるまで、ずっと隣にいる。こんなわたしをきっと荒船はバカなやつだと思っているのだろう。でも、それでよかった。どこでもないところを見ながらボーダーに来るまでのことを思い出す。擦りむいた膝がまた傷んだ気がした。

「好きな人が、知らない女の人と歩いてたら、そりゃあよそみもするよ」

とうとう「バーカ」と言われるかと思ったけれど、荒船は何も言わなかった。慣れた手つきでわたしの頭を2回ぽんぽんとしてから、そのままするりするりと手のひら全部を使って律儀に撫でる。まるでそういうマニュアルがあるようだ。この男ならやりかねない。だってそういう、優しいやつだ。荒船の手の重みに沿って顔を俯けたら、むりやり帽子をかぶらされた。

「そういう時は泣いとけ」

泣かないよ、これくらいで。だからそんなに優しくしなくていいよ。



(優しさだけちょうだい)
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