お小遣いを貯めて日本地図を購入した。
小学生のお小遣いなんてたかが知れていたので、購入までに意外と時間がかかってしまった。

親は日本地図を購入するなら買ってあげたのにと言ってくれたが、勉強の為でもなく極私的な用途なので断った。

震える手で地図を開いた。
都心を確認して、都道府県をざっと確認して、見落としがないように1ページ1ページ時間をかけて読み進めた。
繰り返し、何度も、何度も、見返した。
地図がよれよれになってしまったところでようやく諦めて地図を見るのをやめた 。

なかった。
私がよく知っている地名はなかった。
それだけではなく、私が知っている他の地名のいくつかもなくて、別の地名がそこにはあった。

ここは、『私』がいた世界とは違う。
地図には、私が知っている地名よりも知らない地名が多く散らばっている。

この世界に『私』の知り合いはいない。
尊敬出来る上司も、不器用な堅物眼鏡もいない。
この世界には『私』はいない。

私はこの世界にいるけれど、見た目も、身体も、今までの『私』となんら変わらないはずなのに私の周りを構成する全てが『私』を否定する。
今の私は、私であって『私』ではない。

『私』はあの世界で確かに死んだ。
そして、この世界で私として産まれた。
最初から前世の記憶があった。
だからこそ、自分の記憶と照らし合わせて混乱した。
何も覚えていなかったほうが幸せだったかもしれないと思ったこともあった。


でも、やはり、私は覚えていたかった。
『私』を。
『私』に関わった人達を。

「今の私を見られたらーーさんから説教されそう。ーーには怒られるかな」

それでもいいから........もう一度会いたい。

『私』は私をまだ受け入れられそうにない。

堪えきれなかった涙が地図の上に落ちてじわりと染みた。


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