「1-B 5番!火神大我!!「キセキの世代」を倒して日本一になる!」

億劫になる週の始まりの朝会で屋上から叫んでいる男子生徒がいた。
あれはどう見ても同じクラスの男子だ。
馬鹿っぽいなとは思っていたがやはり馬鹿なのか。
案の定、先生が駆けつけて、しばし賑やかだった屋上は静かになった。
周りがザワザワと騒ぐ中、名前は長引きそうな朝礼に溜息を吐いた。

翌日には校庭に「日本一にします。」という文字があり、これまた学校中のニュースになった。
犯人は何組の誰それだと数人が犯人扱いされて皆噂に踊らされていた。
だが、私は真犯人を知っている。
というのも、早朝に同じクラスの黒子テツヤが書いていたのを見たからだ。
早朝とはいえ、他にも誰か見ていた人はいただろうと思っていたが彼の名前を口に出す人はいなかった。
学級委員とはいえ、彼の事を先生に告げる必要性も感じず私も黙っている。

「ただ、これはムシできないよね」

手元には原稿用紙が数枚。
コレは先日火神が書いて提出した反省文だ。
見るつもりはなかったのが、全体的に赤い原稿用紙をついついマジマジと見てしまった。

「あー、確か彼って帰国子女だっけ」

原稿用紙には誤字脱字が多く、最後の方は諦めたのかひらがなで書かれている。
これは先生が再提出にさせるのもわかる。
当の本人は、放課後呼び出されていたのも忘れてさっさと部活に行ったようだ。

先生に添削済みの原稿用紙と新しい原稿用紙を渡すように頼まれた名前は仕方がなく言われた体育館へと向かった。
体育館には何故か人が集まっている。
しかも、女子ばかりだ。
もしや、うちのバスケ部て人気があるのか?なんて考えながらも女子達の間をぬって体育館に足を入れた。

今は休憩中なのか集まって話している彼らの中からすぐに大我を見つけた。
まっすぐに大我へと歩み寄る。

「ん?委員長じゃねぇか。なんかようか?ぅおっ?!」

ズイっと原稿用紙を差し出せば、僅かに後ろに避けた。
ちらっとそれを確認して、ようやく先生との約束を思い出したのか青ざめた。

「先生から伝言、これ再提出って」

「…何よこれ?!誤字脱字のオンパレードじゃない!」

監督である2年の相田リコが横から原稿用紙を掠めとって叫んだ。
他のメンバーも覗き込んで呆れている。
大我はひきつり笑いをして目を泳がせている。

さて、用事は済んだと踵を返そうとしたところで大我達がようやくギャラリーに気づいたらしく狼狽え始めた。
人が大勢いる事に戸惑っている所を見るとこれが日常というわけではなかったらしい。
ならば何が原因かと思っていると少し離れた所から声がした。

「あーもー…こんなつもりじゃなかったんだけど…スイマセンマジであの…えーと…てゆーか5分待ってもらっていいスか」

ステージ上に座っているのは金髪で他所の制服を来た男子だ。
整っている顔立ちのせいか女子生徒に囲まれて、にこやかに対応している。
ただ、女子生徒達に向けるその微笑みはそれと分からない程洗練された作り笑いである。

名前は先程まですぐにその場を離れるつもりだったのに思わず黄瀬涼太と呼ばれた男子を見つめ観察していた。

金髪、上っ面の良さ、女性にモテるという、それだけの類似点だけで名前が奥底に沈めたはずの記憶を浮かび上がらせてしまった。

固まってしまった名前をよそに大我は涼太に喧嘩を売りにいく。
なんて短気な、とは思いつつも2人のワンオンワンは意外と見応えがあった。
並の男子高校生ではない動きで思わず関心してしまう。
結果、大我は負けて、涼太は何故か黒子をナンパしている。
いや、ただの勧誘だったようだ。

黒子くんてバスケ強そうには見えないけどそんなに凄いのか。
まぁ、見かけによらないなんて事はよくあるしね。
一見害のない優男にしか見えない上司とか。
一見ただの可愛い子供なのに実は大人顔負けの推理をする小学生とか。

「丁重にお断りさせていただきます。」

テツヤの声に飛んでいた意識が戻った。
意外な答えだったのか涼太がテツヤに詰め寄っている。

「そもそもらしくねっスよ!勝つことが全てだったじゃんなんでもっと強いトコ行かないの?」

あ、やっぱりコイツ全然似てないわ。
少なからず尊敬する上司に重ねて見てしまった事を心の中で謝る。

何でもこなせるあの人でもある人の事では空回りしたり、感情を顕にしていた。
何度出し抜かれようと立ち向かい、なりふり構わず食らいつく。
そんな彼を見て難色を示す人もいたけれど、私は好感が持てた。

「あの時から考えが変わったんです。何より火神くんと約束しました。キミ達を…「キセキの世代」を倒すと」

「…やっぱらしくねースよそんな冗談言うなんて」

涼太の表情が一変した。
おそらく軽くキレているのだろう表情に先程までの余裕はない。
少しまずいかと思ったがテツヤはそんな涼太相手に怯むことなく真っ直ぐ見つめ返していた。
テツヤの態度が気に食わなかったのか涼太がさらに距離を縮めようとするとテツヤを庇うように大我が前へと出る。
一触即発の雰囲気に誰かが喉を鳴らした。

瞬間、2人が1歩後ろへと身を引いた。
ワンテンポおいて間を結構な威力で投げられたボールが通って行く。
2人の視線が投げた犯人を探してこちらへと動いた。
視線の先にはいつになく表情の抜け落ちた名前がいた。

「喧嘩はやめなさい。するならバスケ選手らしくコートの中でしなさい」

「な、なんだよ。お前は関係ないだろ!」

「ちょ、女の子にそんな詰めよるもんじゃないっスよ!」

大我が名前に食ってかかるのを涼太は慌てて止める。
頭に血が上りやすい大我に溜息を吐いて、間に入ろうとした涼太を待てと手で抑えて、大我に近づいた。

「少し頭を冷やしな」

大我は自分の身体が浮いた、と思った瞬間仰向けの体勢で体育館の天井を見つめていた。
男子高校生の中でも明らかに体格の良い大我が平均的な体格の女子生徒の名前に投げ飛ばされた事をその場にいた誰一人理解できなかった。

「す、すっげー!」

思わずといったふうに涼太が零した言葉でリコがいち早く我に返った。

「あなた何者?!いや、答えなくていいからとりあえず脱いで!」

「は?」

「こらこらこらこらー!」

「日向くん離して!」

2年キャプテンの日向順平に羽交い締めにされてリコは喚いている。
その目はギラついていて肉食獣を思わせた。
思いがけない発言に名前は頬を引くつかせる。

「苗字さんてスポーツしているんですか?」

「黒子君、いや…さっきのはスポーツというか武術の一種で…まぁ、中学時代は色んな部の助っ人に出ていたかな」

いつの間にか横にいたテツヤに驚いて思わず素で語ろうとして慌てて言い直す。
その言葉にリコがあー!と叫んだ。

「思い出した!あなた、『ジャンヌ・ダルク』ね!」

「違います。私の名前は苗字名前です。」

「いやいや!その名前間違いないじゃない!」

「俺も聞いた事あるっス!彼女が助っ人に入ったチームは必ず勝つっていう噂。君があのジャンヌ・ダルクだったんスね!うわぁー本当にいたんすね!」

「近い近い、ちょっと黒子君この人連れて帰ってよ」

「嫌です。というか、やはり苗字さんがそうだったんですね。部活は入らないんですか?」

「あー、勧誘は受けたけど全部断ったよ」

「よく諦めてくれましたね」

「…助っ人を引き受けるのを条件に引いてもらったよ」

「そうですか。…なら、マネージャーしませんか?」

「マネージャー?」

「ええ、苗字さんならルール知ってるでしょうしマネージャーの仕事もすぐ覚えると思います。それに、マネージャーに入ればそれを理由に助っ人を断れるのでは?」

なるほど、マネージャーは盲点だった。
選手として求められる事が多くて全く考えた事もなかった。
考え始めた名前にテツヤは後、と続ける。

「こういうのが後4人はいるんですけど、名前さんにも倒すの手伝って欲しいんです」

こういうのと涼太を見る。
ひどっ!と泣き真似をする涼太を見て、テツヤと目を合わせなるほどとまた1つ頷いた。

テツヤの後ろでニヤニヤと笑っているリコが見える。
これは断る方が面倒くさそうだと思った。
軽く片手を上げる。

「あー、前向きに検討します」

すでに入部が決まったとばかりに喜ぶ面々に、名前はため息を吐いた。
視界の端に入る涼太を意識しないようにしながら。

上司の声が聞こえた気がした。

『やると決めたら手を抜く事は許さない。全力を尽くせ』

「わかってますよ。ーーさん」

賑やかな体育館の中、名前の小さな声は誰にも拾われる事はなかった。







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