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わたしたちが出会ったとき、わたしはまだ世を知らない少女で、彼は世に革命をもたらさんと戦う青年だった。
それから、ずいぶんと長い年月が過ぎた。
わたしたちは仲間から、兄妹になり、恋人になり、家族になった。もう、400年近く共に過ごしている。東の国の、精霊たちが多くざわめくあの嵐の谷で。

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「賢者の魔法使いに選ばれた」

ある日の朝、いつものように朝食の支度をしているわたしの後ろ姿を眺めながら、彼はそう言った。

「世界は、どうしてもあなたに戦いをさせたいのね」
「まったくだ。せっかく隠居暮らしも慣れてきたところだというのに」
「…そしてわたしは、あなたのそばにいてあげられないの」

いつだって、肝心な時にわたしはいられないのだ。
だからわたしは、想像するしかない。彼が親友に死刑を宣告されたとき、牢の中で親友を信じ続けていたとき、丘の上で火をつけられた時、その炎に身体を焼かれたとき……そのときの苦しみを。

「テレサ。君が僕の苦しみを背負う必要はないと、いつも言っているだろう」
「それは、そうだけれども。でもそれじゃあ、ここであなたの無事を祈って、帰りを待っていろって?」
「そうだ」
「1人で?」
「……きっと、たまには帰るよ」
「きっと、たまに、じゃダメ。絶対帰ってきてよ」

薄く焼いた生地に具材を乗せて、生地を折りたたんでいく。ぎゅっと、こぼれないように。
お皿に盛り付けて、彼の待つテーブルへ置いた。
おそらく今までわたしの後ろ姿をじっと見ていたであろう瞳が、本日の朝食をとらえて、驚いたように見開かれた。

「今日のガレット、少し具材が多くないか?」
「あなたへの気持ちをたくさん、こめましたよ」
「……溢れそうだな」
「溢れないように、食べてね」

月と戦うことのないわたしは、その脅威がどれほど恐ろしいものなのかを知らない。
想像する。彼がどんな傷を、痛みを、苦しみを受けなければならないのか。

あなたが望まないとわかっていても、わたしはあなたの痛みを分かち合いたい。触れたい。あなたの苦しみに寄り添いたい。
これはわたしの、わたしだけの、あなたへの愛の物語。

「…いえ、溢れてもいいわ。残さず掬って、召し上がれ、ファウスト」

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「フィガロ先生に会った」
ある大嵐の夜。玄関を開けると、そこには見知った面影を持つ女が、不機嫌さを隠そうとせず、佇んでいた。

「…テレサ。」
「あの人が私たちから離れた理由、知りたい?私はもう、怒りすぎてクラクラしたよ。でも1発張り倒すだけにしておいて…残りはファウストに聞いてからにしようと思って」

それくらい、くだらない理由だったよ、ということだろう。
それにしても、めちゃくちゃ怒ってるじゃないか。本来、怒るべきなのは僕の方なのに。
僕はそれこそ、最初の頃は怒りより困惑の方が強くて、それより後はあの人よりアレクや人間たちへの怒りの方が強かったから、正直言うと忘れていた。
忘れたことにしていた。

「別にいいよ。いつか直接聞いてやるさ」
「…わたしばっか怒って、ばかみたいね」
「…長い間、君はずっと…僕の代わりに怒ってくれていたんだな」

僕のために怒ってくれて、ありがとう。
そう言うと、テレサはようやく僕の顔を見た。
最後に会ったとき、テレサは15歳だった。そこから100年は経過していると思う。
ずいぶんと、大人びたように見える。

「ずっと会いたかった。あなたの代わりに怒って、あなたに焦がれて100年も探し続けて…どうしてわたしがここまでするのか、わかってくれる?」

「…知ってるよ。…君を迎えに行けずに、すまない」

僕の胸に倒れこんできたテレサを、しっかりと抱きしめた。
魔法使いは約束をしない。
だが、互いを大切に想い合うことくらいは、許されるだろう。

「テレサ、僕は今も、君を大切に思っている」
「私も…あなたが1番大切よ、ファウスト」

愛かもしれない。でも、約束にはしたくない。
だから、愛ではない。
約束では、ない。

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