よくばり
「フィガロ。私はあなたを大切に思っていて、本当にあなたを愛しているよ、フィガロ。それだけはわかっていて。あなたも同じ気持ちだと、嬉しいな」
***
「テレサちゃんや、今日から家族になるフィガロちゃんじゃ」
「テレサちゃんのほうが先輩だからね、姉弟子としていろいろ教えてやってね」
ある日。双子先生が子供を連れて帰ってきた。
青い髪に、榛色の瞳。歳は私とそんなに変わらないように見えるけど、どこか人間らしくないなと感じる雰囲気を持った子だ。
「お二方、この少女は…」
「テレサちゃんじゃ!齢はそなたと同じくらいかのう。我らと同じく魔法使いじゃよ」
「我らはテレサちゃんのご両親から、テレサちゃんを立派な魔女にするように頼まれておるのじゃ」
「生贄の間違いでしょ。食べ頃になったら食べるんでしょ」
「そんなことは…しないもん」
「しない…もんね?」
ほんとなんだか。
ジトっと目を細めて2人を見たら、フィガロと呼ばれた子が顔を覗き込んできた。
「……そなたの瞳、マーシアの実みたいだな」
「これ、フィガロちゃん!初手から口説くの禁止!」
「初めましてのあいさつは、握手からするのじゃ!」
両脇から囃し立てられ、フィガロはおずおずと手を差し出してきた。双子の魔法があるとはいえ、北の国は冷える。ひんやりとした手を、優しく両手で包んだ。
「テレサだよ。よろしくね、フィガロ」
フィガロはそれを不思議そうに見つめながら、ほんのり赤くなった頬をぴくりとも動かすことなく、よろしく、と返してくれた。
***
「そなたは…どうしてここにいる?逃げ出そうと思えば逃げ出せるだろう」
「そんなことをしたら、私の故郷は滅んでしまうでしょうね。私は生贄なの。私がここにいる代わりに、私の故郷は双子先生の加護を受けられる」
そんな話をした直後。
私の故郷は、流行病によって一夜で滅んでしまった。
「もう、私は用済みですか?」
「うーん、フィガロちゃんはテレサちゃんの言うことなら素直に聞いてくれるから…」
「とりあえず生かしておこうかと思うての。アイリスちゃんかわいいし、強いし」
「うんうん、チレッタの次の次の次くらいには強いもんね。我ら誇らしく思うぞ」
なんだ、そりゃ。
***
「今日から家族になるオズちゃんじゃよ」
「とりあえず風呂に入れてもらおうかの。フィガロちゃんとテレサちゃん共同作業での」
双子先生の無茶振りは唐突にやってくる。
拾ってきた子は言葉が通じず、強大な魔力を持ち全てのものを威嚇していた。
「神様だった人が、まさか子供を風呂に入れるなんてね」
「うるさい。魔法を解いて暴れさせてやってもいいのだぞ」
「いやあ、2人揃って先生に怒られることになるから勘弁ね。もうちょっと頑張ってよ」
フィガロの魔法で昏倒させて、その隙に身体を洗い、髪を整えて、服を着せてあげた。
目を覚ましたオズは、眉間にこれでもかというくらい深い皺を寄せて、こちらを睨んでいた。
「これが日常だよ。観念なさい。これから毎日、双子先生にしごかれ、お姉ちゃんとお兄ちゃんにお風呂に入れられて、たくさん小言を言われるの」
でもね、それは、愛なんだよ。
わたしは不機嫌そうなオズの顔を見ながら、そう思った。この子にもいつか、わかる時が来るのだろう。
***
「はあ。世界征服ねえ。興味ないなあ。でも私のことは殺さないでよね」
気の抜けた声で、心底興味のなさそうな態度だったテレサが、泣きそうな顔で飛んできたとき。あの時のことは一生忘れられないと思う。
「スノウ様とホワイト様が、殺し合って、ホワイト様が…死んじゃった」
泣きじゃくるテレサを抱いて撫でてやりながら、オズの方を見た。
何も映していなかった瞳に、いっぺんの翳りを見たような気がした。
こいつ、家族を失って悲しいって感情、あるんだな。
***
「オズ!そんな抱き方じゃダメだって!ちゃんとひっくり返して…そう、お尻の下に手を入れて…」
「足だけ持ってりゃいいのは食糧の鳥とか猪とかだよ」
「…いつかこの子供も石にして食べるつもりだが?」
「この子は!人間!!!少しの間でも育ててあげるならちゃんと人間のルールに従いなさいな」
「……」
「こいつは本当にうるさいなという顔だね、お姉ちゃんにはわかりますよ!オズがだらしないから姉と兄は口うるさくなるんですよ、フィガロもそう思うでしょ?」
テレサが俺を見てそう言うので、俺も同意した。オズの眉間の皺は深くなった。
「お前たちは…ほんとうにうるさいな」
「今更何を言ってるんだか」
「本当にね。オズは俺たちがいないとダメなんだから」
これはもしかしたら、愛かもしれない。
でもなんかこう、違う気がする。俺の求めている愛は…。
***
とある夜。シャイロックのバーにお邪魔すると、ソファにすでに先客がいた。テレサだ。
「ああ、フィガロ。こっちにいらっしゃいな」
「珍しいね、ここに来るの」
「なんとなくね。あなたが来るかな〜って予感がしたの」
「晩酌のお誘いだと解釈していいのかな?」
「いいよ。ほら、グラス頂戴。お酌をしてあげましょうね」
テレサと晩酌をするのも、お酌をしてもらうのも久々だ。正直浮かれていた。
気がついたら、結構ベロベロに酔ってしまった俺は、テレサの膝に倒れ込んだ。テレサはマーシアの実のような瞳を細めて、俺の頭をゆるゆると撫でている。
遠い昔にも、誰かにこうして優しく見つめられながら、頭を撫でられていたような気がする。
いいなあ、これ。愛かも。
愛なのかな?
「…俺が石になったら、今までよりもたくさん、めいいっぱい俺のこと愛してよ」
「よしよし、今でも大切にしてるし愛してるよ」
「うーん雑…そうなんだけど…なんか違うんだよなあ。お前、双子先生もオズも同じように愛して、大切にしてるだろ」
「そりゃあ、まあ」
「俺はもっと…特別なのが欲しいんだけど」
なんだか熱っぽい頭を動かして、テレサを見る。
こいつは酒豪なので、ケロッとしている。そして鈍感。俺の気持ちなんて、ちっともわかってくれやしない。2000年間ずっとこうだ。
「あのね、与えるだけが愛じゃないの。仮に、石になったあなたはわたしになにをくれるの?」
「マナ石になって、君のお腹を満たしてあげるよ」
「そんなの、いらない」
「えぇ…このフィガロ様のマナ石だよ…?」
「喋らない、冷たい、硬いフィガロなんて、いらないよ。だからせいぜい長生きして、わたしの特別な愛になってね。そしたらきっと、わたしもフィガロの特別な愛になれるよ」
ふーむ、難しい。
俺が石になったら食べてね、宝石箱に入れて大事にしてね、毎日俺のことを想って泣いてね…俺を一人で石にしないで。
これらは、俺の君に対する愛にはなり得ないのかな?
「テレサの特別な愛になるには、俺ってどうしたらいいの?」
その問いかけに、テレサは意地悪そうに笑って、「内緒。早く気がついてね。じゃないとお互い石になる前に決着つかないかも」と言った。
愛って、ほんとうに、よくわかんないなあ。
***
愛して愛して大切にして愛しているのに気づかないお馬鹿さん。
戻る