02
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暖炉の暖炉が爆ぜる音。
ランタンのあたたかな明かり。
くもった窓ガラス。時折聞こえる、落雪の音。
古い本の匂い。インクと紙が擦れる音。
少し抜けてるけど聡明で、優しくて、お父さんのように私を愛し育ててくれた大好きな先生。

それが、私の世界だった。
そんな私の世界に、突然現れた男の人。
彼は王子様でもなく、私を迎えにきた両親でもなく、ただの「先生の弟子になりたくて来た人」だった。

***

「うちにはもう1人魔法使いがいてね。弟子と言うほどではないが、友人から託されて育てている。テレサ!テレサ!!」

しーん、と静寂が訪れる。テレサと呼ばれた人物は、周囲にはいないようだ。
フィガロ様は困ったな、と言いながら頭をかいた。

「ごめんね、もう1人女の子を預かってるんだけど…こないだ作ってあげた地下庭園にずっと引きこもってるみたい。人間よりも自然や精霊と触れ合う機会が多い子だから…でも悪い子じゃないんだ。良かったら仲良くしてあげてね。きっと夕食時には顔を出すよ」

テレサと呼ばれていた少女は、フィガロ様の言う通り、夕食時には顔を出した。
白銀の髪に蜂蜜色の瞳。儚い色合いの少女は、半開きのドアの向こうで固まっていた。

「知らない人…」
「やあ、テレサ。早くかけなさい、冷めてしまうから」
「………………」
「テレサ、今日から一緒に暮らすファウストだよ。お前も少しは俺以外の人に慣れなさい」
「…………………」

フィガロ様に声をかけられて、テレサはますます縮こまってしまった。
少し距離を詰めたら、猫のように飛び出していってしまいそうだ。僕は慎重に言葉を選んで、努めて優しく語りかける。

「テレサ、驚かせてすまない。僕はファウスト。フィガロ様に魔法を教わりにきたんだ。」
「魔法使い、なの?」
「うん、そうだよ。良ければ、僕とも仲良くしてほしい。一緒にご飯を食べてもいいか?」
「……いいよ」
「ありがとう、優しい子だな。さあ、こちらにおいで。廊下は冷えるだろう」
「うん……」

ドアを開けてやると、おずおずと中に入ってきた。
部屋の暖かさにほっとしたのか、ほぅっと息をついている。

「…ファウスト、もしかして妹とか弟がいたりする?」
「はい、妹がいます。テレサと同じくらいの年齢の…魔法使いじゃなくて、人間ですが」
「なるほど、通りで慣れてるわけだ。テレサは元々人見知りなのもあるけど、色々あって…あまり他人に懐かないんだ。どうか仲良くしてやってくれ」
「わかりました。努力します」

***
テレサは、なかなか手強い人見知りだった。

「俺以外の人間と、まともに接して来なかったんだ。感応力が高くて、自然や精霊、動物と触れ合っている時間の方が長かったし。
あの子の生家は、まあ色々あって… テレサは庶子だからさ、扱いが良くなかったんだ。そんな状態だから、だいぶ人間不信」

でもなんか、お前には少し心開いてるかもなって、見てて思うよ。
その言葉に、僕ははたしてそうだろうか?と頭をひねった。

「はは、疑わしい顔で見てくるなよ。知らない人間が食事の場にいたら、テレサは食事だけ持って部屋に引きこもりにいってると思う。でも、一緒に食べてるだろ?」
「まあ、たしかに」
「そこそこ懐かれてると思うよ。庭園にも入れてもらったんだろ?」

先日、フィガロ様がテレサのために作ったという地下庭園に招待された。
テレサから誘われるなんて思ってもいなかったから、正直吃驚した。1日のほとんどを過ごしているという庭園は、北の国なのに暖かくて、色々な草花の香りがして、精霊たちが楽しそうに過ごしていた。

「はい。知らない草花がたくさんあって、テレサに教えてもらいました。たびたび精霊にいたずらをされて、大変なことになりましたが…」
「なるほど。精霊たちもファウストのこと気に入ってるんだな。いや、テレサがファウストを気に入っているから、精霊たちもファウストを気に入っているのか…」

精霊にいたずらをされ、頭からつま先まで花を浴びてしまったことがあった。そんな僕の姿を見たテレサは、見たことのないくらい楽しそうな顔で笑って、僕の髪を掬った。

『ふふ、雪の上を転げ回った子犬みたいね。』

「僕はそんな、テレサに気に入られるようなことをしたのでしょうか?」
「どうだろう。君の距離の詰め方がうまいのかも。テレサは人見知りのくせに寂しがりやだから、適度に構われるのが好きなんだよ。かまって欲しい人間リストに、ファウストの名前が入ってるのかもな」
「ふふ、なんですかそれ」

前言撤回。テレサは人見知りのくせに寂しがりやの魔女だが、僕のことは気に入ってもらえている…らしい。

***
穏やかで幸せな日々は、長くは続かなかった。
いや、一度終わってしまっても、また再び始まるものだと思っていたのだ。実際は違った。

ファウストは革命軍に戻り、フィガロ様が同行されるとのことで、留守はわたしが預かることになった。

たった一年しか共に過ごしていないというのに、わたしは強く、激しく、ファウストに焦がれた。
わたしも連れて行ってほしい、と懇願した。けれどファウストは首を縦に振ることはなかった。

「僕は君が大切だ、テレサ。この戦いが終わったら、必ず迎えにいく。どうか信じてほしい。」
「信じるわ。わたし、あなたがなによりも大事なの、ファウスト。あなたの無事と成功をずっと祈っている。だからまたいつか、会いましょう」

アメジストの瞳と視線が合う。わたしはいつも、彼の瞳に星の煌めきを見る。夢を追いかける勇ましい戦士の星。わたしはそんなファウストの瞳が大好きだ。
しばらく視線を重ねた後、どちらからともなく触れるだけのキスをした。

君の行き先に光が在らんことを。
お互いにかけた祝福魔法は、別れのためでなく、また会う未来のために。

これは約束ではない。
約束などではない。

***

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