03
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肝心な時にはそばに居させてくれないくせに、ファウストはそれ以外の時間はわりと、わたしをパーソナルスペースに入れてくれる。
もうアレクよりも、それこそファウストの妹よりも、長い時間を、共に過ごしている。
この関係に名前をつけるとしたら…友人、きょうだい、相棒、恋人…

「それは恋なのでは?って、西のバーの店主に言われたわ」
「君、いつのまにそんな遠出をしていたんだ」
「ちょっと用事があったの」
「恋…恋か…」
「恋ってどんなものかしら。ファウストはわかる?」
「わかるわけないだろう。もう300年もお前としか過ごしてないんだから」
「たしかに」

もうお互い400年も生きているのに、そういうことはわからない。
名前をつけるには遅すぎた。名前のないまま、300年くらいこの関係に浸かってしまった。
でも、もしこの関係に名前がついて、万が一壊れてしまうことがあるよりはいい。

ファウストのことが好きだし、愛している。
わたしにずっと、あなたを愛してもいい権利をください。その答えがきっと、今の関係。



***
今回の厄災は何かがおかしかった。
僕は仲間を2人死なせてしまったし、南の魔法使いなんて全滅してしまった。おまけに僕自身も大変な目にあった。
死ぬかと思った。死んだかと思った。

テレサには心配をかけたくなかったし、彼女自身嵐の谷の異変に対処していたからきっと来れないだろうと思って、僕が死にかけている際も呼ばなかった。呼ぶなと言った。
幸い、新たに現れた賢者とオズの力によって救われた僕は、次の厄災に対抗するべく共同生活を行うべきという提案を呑むか悩んでいる。

そこまで話したところで、テレサの顔を見た。

「300年前なら張り倒してる」
「めちゃくちゃ怒ってるじゃないか」
「あなたって、わたしの気持ち考えたことある?」
「考えてるよ」
「…………」

もっと眉間に皺を寄せた。

「死んじゃったらどうするの。わたしを置いていくつもり?」
「死ななかっただろう」
「でも死ぬかも、って思ったでしょ?」
「それは…まあ…」

一転して泣きそうな顔になったので、慌てて頭を撫でた。すると「なにそれ…慰めてるつもり…?」と鼻声が返ってきたので、正直に「いや、妹は…こうしたら泣き止んだから…」と返す。頭を撫でていた手の甲をつねられ、僕は痛みで変な声をあげてしまった。

「わたしは、あなたの妹じゃないし…」
「…悪かったよ。どうしたら泣き止んでくれるか、教えてほしい」
「泣いてないし……そうだな、抱きしめてみる…とか」

言われた通りに、テレサの身体を抱きしめた。
テレサは一瞬ビクッと跳ねたが、その後僕の背中に腕を回した。

「泣き止んだか?」
「だから、泣いてないってば…ファウストが生きてるって感じを、こう…味わってる」
「ふふ、なんだそれは」

可笑しなことを言うテレサのつむじを眺めている。

「心臓が動いてて、あたたかくて、ファウストの匂いがする。生きてるなあって」

それを聞いて、僕もすんと鼻を鳴らした。
テレサの匂い。草花の香り。洗濯は僕と同じときにしているのに、僕とは違うテレサの匂い。
僕よりひと回り以上小さくて、あたたかい身体。
首筋を流れる、トクトク、という音。

もしテレサと離れ離れになってしまったら。
僕はこれらの、慈しみたいと感じた、かけがえのないものを失うことになるのか。
テレサにも、同じ思いを。

「……魔法舎に一緒に来るのはどうだ」
抱きしめていた腕をほどき、テレサと目線を合わせる。
テレサは蜂蜜色の瞳を見開いた。吃驚した顔をしている。

「え、なに。あなた、わたしを連れていきたいの?」
「………………。」
「え、え??なんとか言ってよ」
「…300年も一緒にいるのに、今更離れるのか?」
「なにそれ!離れてっちゃうのはそっちでしょ」
「だから、連れていくと言ってるんだ」
「………。」
「不満なの」
「いえ、別に…」

テレサはごにょごにょと口ごもった。
なんだよ、その顔。あの憎きフィガロも、こないだ会って問い詰めた時にそういう顔をしていた。北の魔法使い特有の顔なのか?

「…嫌なら、無理にとは言わないけど」
「嫌じゃないわ!でも、その…恥ずかしく、ない?」
「なにが?」

そう、もう300年近く一緒にいるんだ。
今更恥ずかしいとか、そういう感情はない。お互いに大切だという気持ちも確認し合っている(400年前だが)。

「僕は君がいいんだ。自信を持ちなさい」

恋なんだろうと思う。400年前から、僕はずっと君に焦がれている。
愛したいと思う。愛されたいと思う。
でも約束にはしたくない。
君の人生を僕にくださいと、言う決心がつかないんだ。



***
わたしが勝手に隣にいるんじゃなくて、ファウストもわたしが隣にいることを望んでるってこと、らしい。

『それは、恋ではありませんか?』

ベネットの酒場で店主に言われた言葉を思い出す。
ああ、もう。こんなときに思い出さなくたって。

「そうよね、300年も一緒にいるんですもの。これからも一緒にいたってなにも変わらないわよね」

精一杯平静を装って、言葉を返した。
ファウストは「なるべく早く荷物をまとめて。出来るだけコンパクトにな。君を乗せて飛ぶのに荷物が多いと困るから。それから…」と、あれこれと言葉を繋いでいる。こっちの気も知らずに。

ファウストって、思ったよりもわたしのことが大切で…わたしはそんなファウストに、いつまでも恋をしている。
あなたを愛したい。あなたに愛されたい。
私の人生を全てあげてもいい。
あなたの人生をください。
そう言える勇気が出ない。なんて、意気地なし。



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