05
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テレサが魔法舎に来て、数日が経った。
賢者や子供たちとうまくやっているようで、僕はほっとした。彼女は人見知りだから…。


「このあと賢者様とお買い物に行くの。女同士で買い物がしたかったんですって」
「そうか、賢者にも同性の知り合いができたのは良いことだな」
「ほんとだよ!今回の魔法舎、男しかいなくてムサクルシイ?って言ってた。カナリアさんしか女の子いないもんね」
「…帰りは遅くなるのか?」
「ううん、夕飯には帰るよ。ネロのご飯おいしいもん。それがどうかした?」
「いや…気をつけて行ってきなさい。お前は人に慣れてないんだから…賢者を困らせるなよ」
「引きこもりのファウストでもうまくやっていけてるなら大丈夫でーす。お土産買ってくるからね!」


紅茶を飲み干し、僕の頬にキスをして、テレサはバタバタと出て行った。


テレサたちが発ったのを確認して(今回は馬車で行くようだ、安心した)、僕は一世一代の大勝負に臨むべく、部屋を出た。




目的の部屋のドアをノックすると、驚いた顔が出てきたが、それはすぐにニヤリ、と意地悪い笑みに変わった。フィガロだ。

「ファウストか。おや、これはあれかな。お義父さん、娘さんを僕にください!!というやつ?」
「なんだそれは…」
「賢者様の世界では、男が結婚の許しをもらいに行く時に、女の父親にこう言うのが鉄板らしいよ」
「……そもそもお前、テレサの父親じゃないだろう」
「そうだけどさ、テレサのおしめを変えてやってたのは俺だし…俺は、テレサがはじめて喋った言葉も、はじめて書いた文字も…はじめて好きになった男の名前も知ってるよ。聞きたい?」

意地の悪い顔でニヤニヤとこちらを見ているフィガロ。本来ならば100回は足を踏んでやりたいところだが、ここは堪えることにした。

「…遠慮しておく」
「あはは!心配しなくても、君だよ。あの子は400年前からずっとお前のことが大好き」
「知ってるよ、そのくらい」
「じゃあなぜ、躊躇うの?君もテレサが好きなら、もう自分のものにしちゃえばいいのに」
「…約束をして、テレサを縛りつけたくない」

なるほどね、君はそう思っているわけだ…と呟き、フィガロは顔の前で指を組んだ。

「…俺は、夫婦の契りがお互いを縛りつけるとは思わないよ。例えばファウストは、テレサ以外の人のこと好きになる可能性があるの?」
「あるわけないだろう」
「テレサだってきっとそうだよ。それはあの子に直接聞いてごらん。まあ、君たちは結構似たもの同士だからな…」

フィガロは組んでいた指を崩して、少し冷めてしまった紅茶を口に含んだ。

「永遠の愛の約束。たとえ世界が滅びようとも、共にあろう。ある意味呪いだね。でも、そこに愛があるならば。2人の行先はきっと明るくて、あたたかく、幸せで、時々困難で、それでも君たちなら笑いあえる。俺はそう信じているよ。うん…そこに愛が、あるならばね」


ふとフィガロの顔を見た。
寂しいような、悔しいような、怒っているような。
そんな複雑な瞳をしていた。


「テレサを愛してあげて。ファウストも、テレサからたくさん愛してもらうんだよ。2人で幸せになりなさい。そしたら俺も嬉しいし、きっと幸せだよ」

そう言い終えたフィガロは、親が子供を見るような、神様が子供たちを見るような、慈愛に満ちた眼差しに変わっていた。
その眼差しに僕は、心で祈りを捧げずにはいられなくなった。懺悔ではなく、誓いを。



フィガロ様。
貴方がテレサを引き取り、育てていなかったら。
貴方があの日、僕を受け入れてくれなかったら。
きっと僕たちの愛は生まれることはなかっただろう。
言葉にならない。感謝の心。でもきっとこの人には伝わっているだろう。

フィガロ様。
僕がテレサを幸せにします。
永遠に愛します。たとえこれが呪いの言葉であろうとも、誓わずにはいられないのです。
愛してしまったのです。



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