ex.1
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精霊たちのざわめくこの谷で、自然と共に、テレサと穏やかに過ごせたらいいと願う。

テレサと再会して、そのまま流れで同棲をすることになった。
精霊たちもテレサのことを気に入っているようで、楽しそうにしている。テレサは元々北の魔法使いらしくなかったし、テレサもなんだか過ごしやすそうにしている気がする。

テレサは元々箱入り娘のように育てられていたからか、嵐の谷での僕の暮らしが新鮮なようで、あれはなに、これはなに、と色々と興味を示していた。

「ファウスト!これなに?」
「それはハーブ」
「ハーブって自分で育てられるの?」
「それは…そうだよ」
「ふぅん…こっちは?なんか土が盛り上がってる」
「そこには野菜を植えてる」
「…野菜って自分で育てられるの!?」
「どこからやってくると思ってたんだ」
「なんかこう…自然の…恵みパワー的な…?」

なんだそれは。
気がつけば僕は笑っていた。なんだか、久々に笑ったような気がする。
笑うなー!と怒るテレサがとても可愛く思えて、ああ、また一緒にこうして過ごせるのはいいな、と思った。生きることも、悪くない。

***
ある日、テレサと一緒に花の種を植えた。組み合わせて煎じれば薬草になるものだ。
テレサは花の種から花が生えることすら知らなかったようで、手のひらに乗せた種を興味深そうに眺めていた。

「ねえ、これいつ咲くの?」
「せっかちだな。まだまだ先だよ」
「魔法でなんとかしないの?」
「こういうものは自然に育つほうがいいんだ」
「ふぅん…」

種を植えた土の表面を、これまた興味深そうに眺めている。
その顔がなんだかおかしくて、僕はまた笑ってしまった。なんだか最近、笑ってばかりいる。
そんな僕を見て、テレサはこう言った。

「ファウスト、思ってたより元気だし、楽しそうで安心しちゃったな。もっとどんよりしてると思ってたのよ」

テレサの前だけだよ、こんなに笑うのは。
そう言いかけて、恥ずかしくなってやめた。
嬉しそうに微笑むテレサは、そんな僕のことをきっと見透かしているだろうから。

***
ふと、夜中に目が覚めたら、隣にテレサの姿がなかった。
水でも飲んでいるのだろうかと思ったが、外で精霊がざわついている気配を感じる。
僕はストールを羽織り、玄関の扉を開けた。
するとそこには、花壇の前に座り込むテレサの小さな背中があった。長い髪が地面についてしまっているのを、精霊たちが気にしているようだ。その様子が少し面白くて、少しだけ笑ってしまった。

「テレサ。こんな時間に何してるの」
「わ、ファウストか。起こしちゃった?」

声をかけるとテレサは、驚いた顔で僕を見上げてきた。

「…北の国では、こんな体験したことなかったから。なんだか…こう…」
「不思議?」
「不思議なのもあるけど、うーん。心配とか不安…そのほうが近いかな。ちゃんと育つのかな〜って思ってさ」

北の国は、強者の国だ。
力のある魔法使いが人間たちを守り、人間たちはわずかな恵みを見返りとして献上する。
生まれてからずっと北の国で育ったテレサが、不安に思うのも無理はないだろう。

「…この世界の色んなものは、案外強いものだよ。僕たちが守らなくても、少し手を貸してやるだけでなんとかなったりする」
「……。」
「少なくとも僕はこの地に来て、1人で生き延びた。そうして100年経った今も、結構元気にやっている」

そう言うと、テレサは困ったように笑った。

「それ、言われると確かにそうだなって、納得せざるを得ないじゃないの」

テレサの手を取り、帰ろうと声をかける。
ようやく立ち上がったテレサの周りに、静かな風が吹いた。テレサを気にしていた精霊たちが散っていったのだ。
僕は羽織っていたストールをテレサにかけてやると、テレサは少し照れくさそうに笑った。 

精霊たちのざわめくこの谷で、自然と共に、愛するテレサと穏やかに過ごせたらいいと願う。

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