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異常な数値を示したモニターは、しかして、ぶちり、と通信が途絶えると、平常値を示した。
結局、通信が一瞬だけ通ったものの、海月がどこに飛ばされたのか、座標をつかむことはかなわなかった。
にもかかわらず、カルデア内は想像していたよりずっと穏やかだった。てっきり、ドクターやスタッフの焦った様な鬼気迫る空気が管制室を満たしていると思ったのに。ダ・ヴィンチちゃんにいたってはお茶をすすっている始末。
不思議がってたずねてみた。彼は無事なのだろうかと。
「んー、まぁ大丈夫じゃないかな」
まったく彼の無事を疑っていないようだった。
「どうしてですか?」
「体質、とでもいえばいいのかねぇ。何、簡単に言えば、彼に意味消失は起こりえない、ということサ。――と、なれば私たちの役目の半分はなくなったようなものでね」
「だとしても、向こうに脅威がないとはいえません」
「そこはそれ、彼はそこのマスター君とちがって一流の魔術師だよ? 並大抵の脅威――少なくとも、ワイバーンレベルなら、サーヴァントの力を借りずとも撃退できる」
ム、と俺はダ・ヴィンチちゃんを恨めしげに見る。どうせ一般人ですよ、俺は。
「そうむくれないでくれ給えよ。彼がたとえ一流の魔術師だったとしても、これまでの特異点を修復してきたのは君で、数多の英霊と縁を築き上げたのは君なんだ。――誇って良い」
「そういえば、どうしてドクターは海月さんではなく、先輩を使うんですか? 海月さんが一流の魔術師というなら、海月にレイシフトしてもらったほうが……、というか海月も、レイシフトしてもらったほうがよいのでは?」
「私もそう思うんだけどね?」
ちらり、とダ・ヴィンチちゃんはドクターに視線を向ける。
「彼は、なるべく使いたくないと」
「どうして?」
「さぁ、それはロマニに聞いてみないことには。でも何か考えがあるんじゃないかな」
確かに、何の考えもなくドクターがそういうとは思えない。
「さて、打つ手がなくなったかな?」
モニターは正常値を示している。通信はもう届かない。
「特異点が見つからない、ということは、あの夏のときみたいな感じですかね…?」
マシュがひとつの可能性を提示する。たしかに、あの出来事と、似ているといえば、似ている、かもしれない。
「その可能性が高いかな。だとしたら本当に打つ手なし――だ。帰ってくるのを、待つしかないねぇ」
緊迫感の薄い表情で、ダ・ヴィンチちゃんはくいとお茶を飲み干した。
* *
東坡での殲滅戦。
戩華たちは、ゆっくりと、けれど確実に準備をしてきた。王都を落ち、地方を駆けずりまわって、―――さながら、詰め将棋のように。そうして、ようやく詰めにいたろうとしていた頃だ。
紅州境の東坡郡は、紫州のすぐ隣にある。東坡が陥落すれば、戩華ら叛乱軍が一気に紫州に攻め入ることができる。紫州五丞原を奪略すれば、貴陽はもう眼と鼻のさきだ。だからこそ、戩華は東坡から先、紫州五丞原までを陥とす策をたて兵を整えていた。
戩華の計算に間違いはなかった。よっぽどの奇跡が起こらない限り、東坡は陥ちる。間違いはない。朝廷が無能であることも、東坡に救援は来ないことも、彼は知っているのだから。
陥ちる――はずだったのだが。
確かに、違和感はだいぶ前からあった。だが、その違和感が、空に光の帯がかかる前からだったか、かかってからだったかの判断はつかない。
だが敗走したことで、戩華は何か異常なことが起きている、ということを確信した。王都に、なにかある。
と、同時に、近くで妙なものが落ちてきたとも。
「おい、クソ軍師」
それは当然、黒髪の軍師も気づいた。だから、戩華は当たり前のように言い放ったのだ。
「拾って来い」
軍師はいやいやながらも馬を駆って、いったん本陣を後にする。
* *
蹄の音とともに、妙な気配を感じて、俺は周囲を見渡した。
その妙な気配は、なんというか、サーヴァントのようで、でも何かが違うような気がした。
それは一直線に俺の元へと向かってきていて、思わず近くに落ちている木の枝を拾い上げた。
「『これ』『は』、『槍』」
身構えて、姿が現れるのを待つ。
そいつは白馬に乗っていた。黒髪で、端整な顔立ちをしていた。あまり戦闘向きではないようで、下っ端兵士だろうかとも思ったが、それにしてはずいぶんと立派な馬に乗っていた。羽扇を持っている。軍師か何かだろうか。――そんなえらいやつが、どうして、一人で?
俺が奇妙なものを見るように男を見るのと同じように、男も俺の姿を見て、奇妙なものを見たような顔をした。
「……敵意は無い。それは手放してもらえないか」
男は俺の手に持つ木の枝をさして、言う。
エンチャントしているとはいえ、見かけはただの木の枝に、やはり男は何か変だった。俺は枝をほうり投げて問いかける。
「あなたは?」
「あなたをお迎えにあがったのですよ。どうぞ、われらが本陣へ」
そういって軍師(らしい人)は馬上から俺に手を差し出す。
現状ほかに味方はおらず、人らしい影は周囲に無い。敵意が無いこの男をひとまず信用して、話を聞くしかないか。
俺は男の手を取って、馬に乗る。
血と死体の匂いが、進むたびに強くなる。――くそ、俺は死霊魔術師じゃないんだぞ!
ただでさえ痛い頭に追い討ちをかけるような生ぬるい風と匂いに、俺は軍師の腰にしがみついたまま、馬上で意識をすっとばした。