紅炉上一点の雪
これは始まりの物語。
「どこさね? ここ」
夕暮れ時に見える。闇が迫り、少し離れた大路は人のとおりが多い。
私は大路からはなれた裏にいた。大路の賑わいとは対照的に、不気味と静かだ。そんなに距離は離れていないはずなのになぁ。不思議不思議。
「こまったなー」
大路にいる人々と自分の服装を見て、間延びした声を出す。
異様だ。誰が、周りが? 私が?
私だろう。
学校の制服じゃなくてよかったなぁと、少しだけ思う。短いスカートをはいてようものなら、さらに面倒なことになったはずだ。
はぁ、とため息をついたときだった。
私の視界の隅、この裏路地の入り口の角。少年が、人相の悪い男に囲まれていた。
何をどうみてもカツアゲされているようにしかみえない。
「へいへいおにーさんたちさー」
たいした距離がなかったせいか、それとも少年が連れてこられようとする裏路地が、私のいる場所だったせいか、私はゴロツキの男共の背後から、軽い足取りで歩み寄りながら、声をかける。
視線がいっせいに集まった。男共の怪訝そうな顔に、少年の目の見開いた顔。
ふふ、と笑いが漏れる。
「なーにしてんの? カツアゲ? あはは! だっさ、かっこわるぅ〜、情けないとは思わないわけー?」
馬鹿にした私の口調に、沸点の低い男たちの顔が紅潮する。対照的に少年の顔は青ざめた。
その対比におかしくなって私はゲラゲラと笑う。
「図星? 図星ですか? 茹蛸みたいに真っ赤になっちゃってさーあはははは!」
私が煽り笑えば笑うほど、少年は蒼白になる。
男たちが真っ赤になり、殴りかかろうとしたところで、
「―――っとちょっとあんたたち――!」
という女の子の声が遠くから聞こえて、同時に男たちは足を滑らせたかのようにすっころんだ。
「へ?」
私はぽかんとする。
少年もぽかんとした。
そこに薄紫色の髪をした美青年がこの場に駆けつける。
紫髪の青年は倒れたゴロツキを不振そうにながめてから、蹴り飛ばした。
「おぅっ」
転がってきたごろつきに危うくぶつかるところだった。何してくれてるんだ、あぶないじゃないか。
ボールを蹴るように青年は次々とゴロツキを路地裏の奥に蹴り飛ばす。
「――で、あなたは?」
後に残るは私だけだった。
私が異様な風体をしているせいか、青年は凄んで聞いてきた。わーこわいこわい。
「あ、そのひとボクをたすけてくれたんですよー」
私が口を開く前に、少年が答えた。
「あなたが?」
私は肩をすくめただけにとどめる。
「さあさ、御行きなさいな少年、こんな不審者にあまりかかわるもんじゃあないよー」
ひらひらと、手を振って少年を追い出すようなしぐさをしてかあら、私は背を向けて立ち去――
「あなたはどうするんですかー?」
――ろうとした。踵を返した足が不自然に止まる。
かっこつけさせろよなぁ。
「んー」少し考えるしぐさをする。「とりあえずそこのゴロツキから追いはぎするつもり」
「………」
引かれたな。
傷ついちゃう。
「あ、あの静蘭さん、この人も食事の席に同伴させちゃだめですかねー、困ってるみたいですし」
ん?
「そうですね、いいんじゃないですか? お嬢様もそういうでしょうし」
あれ?
「あの!」と少年が私をまっすぐに見る。
「なんでしょう、少年」
「よければ、夕食一緒に食べませんか?」
「あのねぇ人の話し聞いてた? こんな不審者にかかわ――」
「でも助けてくれましたよね」
「助けてないよ。かってに転んだんだ、あれらが」
「でも……」
少年はなかなかに頑固者のようだ。ちっちゃいのに。
「それによ、考えても見なって、こんな格好の人間がふらふらしてたら不気味だろう?」
と、両手を広げてくるりと回る、と急に上から布が降ってきた。薄汚れたこの世界の服、おそらくさっきのゴロツキの一人のだ。
手にとって投げられたほうを見ると、薄紫の髪の青年がにこりと笑った。
「それを羽織っていればごまかせますよ」
……もう何もいうまい。
その後は怒涛の展開である。
同席させてもらった、おいしい料理の席は、呼んでもいないお客に邪魔され、あれよあれよとゴロツキ一団の捕り物を間近で見物するはめに至った。
そして完全に立ち去る機会を逃した私は、その後ずるずると紅家とはなにかと関係をもちつづけ、その周囲とも関わっていくのは遠くない話になる。
何をしても許されるだろ、と頭のねじが吹っ切れて破天荒に振舞い始めるには、後ひとつ私にとって大きな事件と呼ぶべきものがあるのだが、それはまた別の話である。
(ボクは影月っていいますー、あなたは?)(スプーキーE)(すぷー…?)(伊館郁夜でも可)(…答えたくないんですねー)