足元に、踏み潰された黒い飛蝗が転がっている。
はじめそれを見たとき、とてもそれとは思い出せなかった。
ぎすぎすしている空気が朝廷内に広がっている。数多の高官官吏とかかわりを持つ私だからなおさら、これが尋常でないことを感じ取っていた。いたけどさ。
言い訳ぐらいさせてもらってもいいよね。
私がこの世界に来てから、もう二年以上たっているんだよ。いくら高校でそれなりの勉強して、大学受験のための勉強を積んだとはいえ、使わなければ知識は薄れていくんだ。
「……飛蝗?」
そう指摘されて、ようやく脳の引き出しが開く。飛蝗――黒い飛蝗は、群生相の飛蝗。
「ふふ、―――うふふ、ふふ、」
後足が短くなり、前翅が長い。
長距離を飛ぶことに長け、群れを成す。
人に怯えなくなり、ありとあらゆる植物性のもの――作物、雑草から衣類の繊維まで――を食い尽くす。
国によってはライオンよりもバッタのほうが怖いとされる、その所以。
黒い飛蝗は、そういう飛蝗だ。
「あは、あははっ」
思わず笑みがこぼれる。悠舜が顔をゆがめたのがわかったが、気にしない。それどころじゃない、なんなんだこれは、笑わずにはいられるか!
「あははははは! はじめてみたよ! 群生相の飛蝗なんて! 君ら官吏はなにをやっていたんだい? 過ぎたことを言ったって無駄なのは承知だけれどね! それにしたってこれはひどい! 今までにだって、黒い飛蝗の被害があっただろ! なのにどうして何の対策もしていないんだ! 発生してからじゃ遅いのに!」
ひとしきり笑い終えると、一切の表情を消して、悠舜に向き直った。
「それで、この私にできることは? この国の仙人および縹家を相手に大立ち回りを演じたこの私が、ただ役立たずの烙印を押されるとは到底思えないけれど?」
にやり、と最後は不適に笑った。
「……そうですね」
思案するように、悠舜は数泊の間をおくと、「では私と一緒に来てください」といった。
起請文をもぎ取るのだ――王へ誓う、その。
「飛蝗は旺季さまや秀麗さんが決着をつけるはずですからね、私達はその後を」
「お安い御用」
私は恭しく、一礼した。
(ところで、大立ち回りって何ですか?)(あれ、知らなかった?)(何をですか、知りませんよ)(えー、あー、その……異能力バトルをですね……)(……は?)