夜明けには行かない
手っ取り早いのは、人を恐怖で支配することだ。
安寧とは程遠い平穏だけが得られる。
* * *
コルムペリスという国は、平和な国ではない。
俺が生まれる3年前、王位争いで多くの血が流れたと聞く。王位継承者がことごとく死に絶え、継承権を持つ唯一になった男が王になったらしい。それから、海賊がこの国をのっとるまでは、確かに平穏な時間ではあった。ただ、この男の政が、果たしてよかったかといえば、わからない。海賊がこの国をのっとって、民衆の反乱が起こったのは、海賊が国王だったからかといわれれば、そうなのかもしれないし、違うのかもしれなかった。
俺の父は、国の宰相だった。それは王の首が、海賊の首に変わったときも、変わらず宰相であった。王宮を虚にして、山小屋に逃げたときも、共に、最後まで王の側に居た一人。
そんな男の息子。マクシミリアン・オーガスタ。俺の名前。
世襲制ではない宰相位を――それでも歴代拝命し続けていた貴族の家系の長男だった。
* * *
その少年に会ったのは、マクシミリアン邸が反乱軍に襲撃され、逃げてきたとき。
燃える邸を背にして、人気のないほうへ走る。
「こっち」
俺より小さくて、たぶん年下。
ざっと見て、武器らしいものは持っていなかった。
「追われてるんでしょ、逃げるよ」
そういって少年は俺に背を向けて走り出す。
どうにもならない俺は、ただ少年の背を追った。
小さな洞穴のような場所に身を寄せた。
「僕はルイ。あんたは?」
「……オーガスタ。なんで……」
反乱軍じゃないのか、と聞こうとして、黙った。
年下で、俺より背も2回りは低い少年――ルイの、無機質な声に、気圧されたのだ。
「オーガスタ。君の返答しだいだ。僕に付くか、つかないか」
このとき、俺は心の奥底で誓った。
もし反乱軍を制圧して、次の王を立てるなら、こいつにすると。――どんな手を使っても。
それからルイを隊長とした王国軍軍事工作部隊の人数が増えて部隊を6つに分けることになったとき、俺は第3部隊を任されることになった。担当は国の南部。反乱軍のリーダーの一人が、その付近で陣を張っている。
* * *
ルイの心の、ひび割れていく音を聞いた。
ルイが軍事工作部隊の総隊長となって、部隊の人数が次々減って。
それと同じように、大事なものを欠いていく音。
投降しようとルイが言った時、俺は安堵した。
これ以上、ルイが何かを失くしていく音を聞かずに済むのだと思って。
東の港。
革命軍と名乗った彼らの船に乗るのを拒んだときの、ルイの顔を見て、俺は本当に安心したんだ。
この国に残ることの意味を、俺は十分承知している。
けれど、ルイをここに残すわけには行かないなら、俺が残るしかない。
――俺の王。
ここで終わらせるわけには、いかない。
* * *
東の港から船が出るのを見送って。
俺は残る王国軍に混じりながら、敗走した。
体中、鉛の玉が埋め込まれていて。
痛みすらもう感じなくなっていて。
それでも、この骸を渡すわけにはいかなかった。
逃げるのには慣れていた。
人の撒き方は、もう意識しなくてもできるぐらい。
血のあとを消しながら、飛びそうな意識をどうにか縫いとめて、俺はただ、歩き続けた。
国の復興は、お前たちに譲るから。
俺の持ち物全部、渡すわけにはいかない。死体すら。
”隠れ家”まで、どうにかたどり着いて、俺はずるずると倒れこんだ。
――間に合った。
ここまでくれば、もう見つからない。
この場所を知る人は、もうこの国には居ないから。
ルイ。
彼が、表情を変えたのを見たのは一度きり。東の港、俺が船を乗るのを拒んだときだけ。泣きそうな顔をしていた。けど、泣きはしなかっただろう。泣き方を知らないんだ。泣き方どころか、多分、表情の作り方を知らない。笑ったことも、見たことがない。
いつか、笑ったり、泣いたりができたらいい。
あいつだけが、未練だ。俺の王。自分の命が大事だといいながら、最後の最後で捨てようとして。ちぐはぐな。
手の先も、足の先も冷たくなっていて、もう指先一つ動かせそうにないのに、まぶただけが熱くって。
ルイ。
今度は俺が先に居る。先に行って待っている。
どうか、ゆっくりしてきてほしい。
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