ジェルマの国が続々とリャーチスの海岸に集まってきた。
「どうなっている……!」
だけれど、たどり着いたジェルマたちが目にしたものは、死体の山。
ジェルマが滅ぼすまでもなく、国の住民はみんな死に絶えていた。
「総帥…! クィランデも全滅しています! 誰一人生存者はいません…!」
「どうなってやがる…!」
ジャッジはもう一度吼えた。
その問いに答える人はどこにもいない。
* * *
「ふふ……最初からこうすればよかったんだ」
一ヶ月、クィランデの屋敷で少し寛ぎすぎた。いやぁだって居心地よかったんだよ。ぼーっとしてても使用人がいろいろやってくれるし、当主を適当にあしらっておけばいろんな伝手を得られるし。ご飯もおいしい。うぅん、堕落。正直あともう1月2月ぐらいいてもいいかなとか思っていた罰かも。
「そうだね、堕落は、よくないよな」
ジェルマによる戦争終結は本当に面白くない結末。
ジェルマがくるのは決まってしまったけど、到着まで2・3日はかかるんだし。さぁて、この島を出る前に、ほんの少し、お手伝いをしよう。
そうやって、おれはリャーチスに使いの兵を出した。
――兵は帰ってこなかった。
「……へぇ」
兵が帰ってこないので、おれが馬を飛ばしてリャーチスの国を見た。
クィランデの戦線にいるリャーチスの兵しか、リャーチスの民はいなかった。
リャーチスの居住区はみな崩れ去り、おれが送った使いの兵も途中でばらばら死体になっているのを見つけた。
――糸だ。
山の木々を使い、糸を張り巡らせている。これに引っかかって、ばらばらってところ? ……誰だろう。こんなに範囲広く糸を張れて、操れる。まずいな。おれがここにいること、筒抜けだ。すこしだけ背筋がひやりとした。まったく一ヶ月でだらけすぎたらしい。
おれが腕を振ると、ひぅんと、空気を裂く音が鳴った。ぱらぱらと何かが落ちる音がする。
(まぁでも、糸を使えるのは何もお前だけじゃないんだよ)
まだ見ぬ知らない誰かに、あてつけのように、ひぅん、ひゅぅんと、指揮者のようにおれは腕を振るった。周囲の木々がばらばらになって、見晴らしがよくなった。
「――へぇ、その糸裁き、誰に習ったの?」
倒れた木々の向こうに人影があった。
それが、リャーチスをこんなにした張本人。
その顔を見て、おれは顔をしかめた。むこうもおれの顔を見て、「うわ」といった。
――おれがいた。
そう思うぐらい、そっくりの顔立ち。背丈も、なにもかも。たぶん、性格も。
「――シン」
そいつは俺の名を正確に呼んだ。そうそう人に名乗らない、おれの本名。ああ、そうだ。
「ギルト」
そういれば双子の兄がいたんだっけ。生まれてすぐに引き離されて、にもかかわらず同じように育ったとか、まったく笑えない。
――自分がもう一人いるとか最悪。
ほんとにな。
「ジェルマがくるって本当?」
「ああ。アシュクロードの当主が契約した」
「ふぅん、じゃあやっぱり、今が潮時かな」
ギルトはおれの正面に立った。おれは馬から下りた。
「ねぇシン。いいこと教えてあげる」
ギルトはおれの顔を両手で掬い上げるように添えた。おれと同じ顔が、正面にある。自分の顔は好きだけど、自分と同じ顔が、自分以外の意思で動いているのを見るのは気持ち悪いな。
「スパイダーマイルズに行くといい。ぼくたち、考え方も生き方もそっくりだけど、男の趣味は違うらしい」
ぱ、とギルトは手を離す。
「そりゃいいこと聞いた」
「でしょ」
それじゃあね、とギルトは姿を消した。おれの馬をばらばらにして。
* * *
徒歩でクィランデに戻ると、案の定、リャーチスと同じ有様だった。アシュクロードの屋敷だけきれいに残されているのは、おれへの配慮だろう。屋敷の中は惨状だったけど。
ジェルマに渡す資金はまるっとおれがもらうことにした。お金って大事だよね。
ここから近くの島で、ちゃんとした船と、人員を確保しよう。
そうして、ジェルマが来る前に、おれはこの島を離脱した。
せいぜいびっくりするといい。その顔が見れないのは残念だけど。たぶんもう二度と会うこともないでしょ。
「スパイダーマイルズ。……港町か」
たのしみだなぁと、つぶやいて。
リズヴェールという島のこと、そこにあった国のこと、名乗っていた自分の名前も、忘却のかなたに捨て去った。