03
――特別講演.『筆記魔法の成り立ちとこれから』
講堂の席はすべて埋まり,立ち見の学生が出るほど多くの学生がこの場所に集まっていた.
ルシアは壇上に上がり,聴講席を見渡した.
聴講席の明かりが落とされて,壇上のスクリーンがはっきりと見えるようになる.
「時間になったので,特別講義を始めますよ.本日は筆記魔法の第一人者ルシア・クロラス先生にお越しいただきました」
クロウリーが司会を進行させる.
ルシアの略歴について簡単に紹介したのちに,ルシアへバトンを渡す.
「丁寧な紹介をどうもありがとうございます.――このような機会をいただいて感謝します.本日の講演では筆記魔法の成り立ちとこれからと題して,そもそも筆記魔法とはどういう発想からでてきたのか,今後どういう発展を目指しているのか,とそういう話ができたらと思っています」
ルシアは声のトーンを固くして,ホール全体に響くように,空気を仕切るように「さて」と話し始めた.
「唐突だが,皆さんは魔法を無尽蔵に使いたいと思ったことはないか? より強大な魔法を使ってみたいと思ったことは? ――私はある.
だが,現実には自身の魔力量の限りや,ブロットの蓄積などという問題があって実現は厳しい」
「ではなぜブロットは蓄積してしまうのだろうか? 逆にブロットが蓄積しない魔法とはなんだろうか?」
「例えば錬金術.これはいくらたくさん魔法薬を作ろうとも,製作者にブロットは蓄積しない.――なぜか.
自身の魔力を用いていないからである.魔法薬の生成では鉱物や植物に含まれている魔力を用いて作り出す.
つまりだ,自身の魔力に依存した魔力行使である場合に限り,ブロットとは蓄積する.すなわち――自身の魔力を用いなければブロットは蓄積しないということである」
「魔法と魔術の違いについて話そう.
魔力は石や植物などのモノにも宿る.一般的にモノに宿った魔力を用いて行うことを魔術と呼び,魔法とは動物が自らの意思で自らの魔力を用いて行うことと定義されている.
まぁなんだ,だから厳密には錬金術は魔法ではなく,魔術であるがーーここで話したいのはそれじゃない」
「なぜ,石や植物などのモノにも魔力は宿るのだろうか? ――この大気中にも膨大な魔力が満ちているからだ.しかし通常,我々は
「妖精」
「原始に近い妖精ほど,その傾向は強い.強力な魔法を操る闇の眷属にもそのような機構が存在する.ゆえに,魔法式にそのような機構を模したものを追加すれば,より多くの,強力な魔法が使えるのではないかと試みた.――まぁその試みはおおむね成功した.だが,結局のところ,自身の魔力量をどう補填するか,というだけの話に過ぎなかった」
「私の目的は,ブロットを蓄積させずに魔法を行使することだ――だが,妖精生態学からのアプローチはうまくいかなかった.ブロットの蓄積許容量は種族問わず一律であり,許容量の増加はほとんど見込めない.であれば,やはり魔法行使に自身の魔力を使ってはいけないんだ.マナをオドに変えて魔法を使うのではなく,マナのまま魔法を使えるようにしなくてはならない」
「そこでつぎに着目したのが古代魔法である」
「原始,『光あれ』と言われて光があった.つまり,世界に語る言葉が存在したということだ.
現在われわれは,国の違う人種や,動植物と言葉を交わすのは容易ではない.とくに人以外の生き物に関しては動物言語学という学問が成り立つほどである.――だが,世界の最初はどうだっただろうか.おそらく,すべての生き物が種に関係なく,容易にコミュニケーションが取れたのではないかと考えている」
「もう一度言おう.世界に直接語る言葉は存在する.
だがあいにく私はその言語体系を知らない.音もわからない.だが――文字はどうだろうか.
古代呪文学を履修している学生は知っているだろうが,古代呪文と現在の呪文では文法からだいぶ異なっている.それも,どこの言語体系とも異なるものであり,どこの言語体系と近い部分を持つ.だからこそ,私は――古代魔法は,世界に語る言葉に近いのではないか? そう考えた」
「古代,文字というのは石や粘土板などに刻んでいた――つまり,現代の紙や,電子情報のようにすぐになくなったりするものではなく,――そこに刻まれた文字は,数百年数千年と形を変えずそこにあるということに他ならない」
「仮説はきっと正しかった.そうして私は19の時,初めて一つの文字を見つけた.――それが,火をおこす魔法である.これは論文にも記載したし,試した学生も多いだろう.そして思ったに違いない.なぜ,文字に書いたのに,すぐに消えてしまうのか? その文字はそこに残っているのに.」
「実をいうとだ,あの文字は火をおこすが,火を持続させるものではなかった,そういう話だ.一回限りの手品のようなもの,トラップに近い,一度発動してしまったらおしまいの文字」
「そういえば,この学園は魔導工学に精通している学生も多いんだったな.であれば,この例えなら,理解しやすいか.私の見つけたこの文字は,いわゆる機械語だ.
現代魔法――つまり自身の魔力を使って使う魔法は数多く存在するプログラミング言語のようなものといえるだろう.コンピュータを作動させるために,我々は通常機械語を用いない――つまるところ,そういう話.
機械語を知った私はせっせと,機械語を理解して使おうとしているというわけだ」
「文字を見つけることと並行して,さらに私は魔法行使の利便性の向上に努めている.どういうことか.
現状の問題点として,文字は書かれなければ,魔法は発動しない.しかし,それでは発動に時間がかかる.――ここで一つ,考えることがある.なぜ,文字は記される必要があるのか?」
「文字は,認識される必要がある.誰に? ――世界に.つまり指でなぞっても文字が認識されれば魔法は発動するが,されなければ発動しない.
だがそれはあまりにも不確定すぎる.
ゆえに,私は空間に文字を刻むことにした」
ルシアが空に文字を書く.彼女が最初に見つけた発火の文字.それは淡く小さな光を放って,そして一瞬の炎を出して消えた.
「爪に細工をしていてね,それで空間に小さな傷をつけているんだ.もちろん世界には世界の修復機構が存在するから,その程度の傷は簡単に修復される.でも,その間に文字は刻める.文字が刻めるなら――魔法が発動できる.そういう話だ.私が指先一つで魔法を発動するためにはまだ種も仕掛けも必要な手品みたいなものでしかないんだ」
「まとめに入ろう」
「私が確立した筆記魔法は,大気の魔力もちいた魔力行使の方法である.マナを使っているから,ブロットはたまらない.
つまり,本来魔法を使用するにあたり生じるブロットの蓄積を気にしなくて済む.現状,約20種類の文字を見つけ,文法に関してもある程度解明が進みつつある.使える魔法の種類も増えてきた」
ルシアは空に文字を並べて刻む.文字は一瞬発光したように見えて消えた.瞬間ボウと炎が浮かび龍の形をとって,2,3秒とどまり,それから霧散した.
「火をおこす,だけではなくある程度複雑な魔法も扱えるようにはなってきている.でも重要なのは複雑な魔法を行使することではない」
「この魔法の最大の利点は,持ちうる魔力が少なくても――極端なことを言えば魔力を持たない人間であっても,大魔法士と等しく魔法が使えるということだ.生まれ持った能力に左右されない魔法の行使.これこそが筆記魔法が目指す場所である」
以上だ,とルシアは言って締める.拍手が起こる.
マイクがクロウリーに戻り,進行する.
「それでは質疑応答の時間です.質問のある学生はマイクのある位置まで移動してください」
何人かの学生が立ち上がって,講堂の数か所に設置されたマイクの場所まで移動する.
「ハーツラビュル寮リドル・ローズハートです.大気中の魔力を持ちいた魔法行使に至るまでの考え方などについて大変勉強になりました.そこで質問なのですが,妖精生態学からのアプローチに見切りをつけて古代呪文学に着目するきっかけのようなものはあったのでしょうか?」
「いい質問をありがとう.正直に言うと,偶然だ.妖精生態学からのアプローチには限界があるのは早々に気づいていたんだが,ではどんなアプローチがいいのかにはだいぶ考えあぐねてね.ただちょうど私の友人に召喚魔法を専門にしていたやつがいた.私は専門外だった彼の論文を読んで,“魔法陣”というキーワードに目を付けたんだ.錬金術,召喚魔法――そして古代呪文.こういう発想だ.あとは先の講演通りだな.神話もすべてが作りものというわけではない」
「なるほど,ありがとうございます」
リドルが自分の席に戻っていく.
次,その次の学生が質問を投げかける.どこまで大規模な魔法が使えるのか? 筆記魔法は厳密には魔術なのではないか? ―――.
それから.
「イ,イグニハイド寮のイデア・シュラウドです.筆記魔法もブロットの排出はされているという理解でよろしいでしょうか? 自身に蓄積されないだけで,大気中にブロットは拡散されている.つまり,閉鎖的な場所で大規模な筆記魔法を行使した場合,その大気中のブロット濃度は高まる可能性があるのでしょうか」
ルシアはマイクに乗らない音量で,「シュラウド…?」とイデアを見てつぶやいた.そして,何かを納得したようにうなずいた.ルシアと目が合ったイデアは,ヒエッと心の中で悲鳴を上げた.
(絶対覚えてるでござる忘れてないでござる〜〜! 信じらんないもうヤダこの規格外!!)
イデアにとってリモート参加が不可で,生身で講演を受けなければならないのも,質問するために人前に移動しなければならないのも苦痛だったが,こればっかりはどうしても聞く必要があった.ルシアから返答されるまでの一間が,針の筵の心地だった.怖すぎる.
「なるほど――なるほど,君の懸念はもっともであり,正しい.例えばこの講堂で,発火の魔法を使ったところで大したブロットは排出されないから大気中のブロット濃度を気にする必要もない.だが自室などの狭い空間でユニーク魔法に匹敵するような魔法を行使した場合,それも何度も行使すれば人体に影響を及ぼすほどのブロット濃度になる可能性はある.特に,自身にブロットが溜まらないとなれば,無尽蔵に魔法を使うことが可能であるわけで,魔法石へブロットを蓄積させるわけでもなし,大気中に垂れ流しているわけだから,使用場所や魔法行使数には,今後気を使う場面が出てくるかもしれないな」
「――あ,りがとうございます」
イデアはそそくさとマイクから離れて自分の席へと戻った.その後ろ姿をルシアはじっと見た.
「はいはーい,オクタヴィネルのフロイドでぇす.カラスザメ先生ぇの研究がすっげぇってのはわかったけど,今のまんまだと水中じゃ使えないよね?」
「そうだね.陸上に比べると難易度は高い.特に空間に文字を刻む形で魔法を発動させているものに関しては厳しいだろう.水中で魔法戦を行うのであれば,まだオドを用いた魔法行使が有利だろうな.それに関しても今後の検討課題だ.水中での魔法行使についてとはいい着眼点だね.……どうかな,君が進めてみる?」
「えぇー,気が向いたらねぇ」
フロイドがマイクから離れる.まだ何人かがマイク前に待機しているのが見えたが,クロウリーが「ここまでです!」と告げる.
「はいはい,聞きたいこともまだあるでしょうが時間は有限! これにて特別講義は終了です!」
ブーイングのようなヤケクソな拍手が起きて,後ろの席の学生から退席していく.
徐々に人のいなくなる講堂と,会場の片づけが進んでいくのを横目に,ルシアも自分の荷物を片付ける.
「お疲れ様ですDr.クロラス」
「ありがとうございましたMr.クロウリー.ここは熱心な学生が多いですね」
「そうでしょうとも,私も鼻が高い」
さすがはナイトレイブンカレッジだ,とこぼすルシアにクロウリーはまんざらでもなさそうに返す.
クロウリーとルシアは会話をしながら片づけを進める.そうして,講堂から出ようとするルシアの背に「……あの!」と声がかかる.
クロウリーとルシアは足を止めて振り返った.
「ユウくん,どうかしましたか?」
「ご,ごめんなさい……でも,どうしても聞きたいことが!」
そういってユウはまっすぐな眼差しをルシアに向けた.その視線を正面から受け取って,ルシアは目を見張った.そしてクロウリーを見上げて問いただす.
「Mr.クロウリー,何故魔力の持たない学生がこの学園に?」
*
「追加の講義をしよう」
鏡の間に向かう足取りはゆっくりだ.クロウリーが先頭を歩き,ルシアが続く.その隣をユウが歩いて,後ろにヴィルとレオナが続いていた.誰の視界にも入らない屋根上からマレウスはついていた.対面時は動揺したが,仕事は仕事である.
「現時点で言えるとするなら,可能性は0ではない,というのが関の山だ」
ユウと名乗った学生は,「世界を渡る魔法はあるか」と聞いてきた.なんでも気がついたらこの学園で目を覚ましたという.グレートセブンも,魔法も知らない,ユウの告げた故郷は存在せず魔力も持たない――異邦人.それが,今のユウの立ち位置だった.クロウリーの下したユウの処遇について思うところがないわけではないが,それはルシアが関与するものでもないと思考を遮断した.
「現代魔法の行使において,イメージが大切だと,授業で習ったことだろう.ではそのイメージとはどこから来るか.――科学知識だ.例えば火をおこすとして,その温度は? 規模は? その為に必要なものは何か――それによって具現化する火は異なってくる.知っていなければ
だが古代魔法には宇宙や時間に関するものなど現代魔法では再現不可能なものも多い.むしろ,これらの魔法は
究極,知識なんてなくても魔法は使える,とルシアは告げる.
ユウは目を丸くして,呆然とルシアを見た.――そんなことを,先生が言うと思わなかった.そういう顔だ.
そうこうしているうちに,一行は鏡の間にたどり着く.
「あきらめないことだ.想像をやめないことだ.奇跡とはその果てにあるもの――忘れないで」
鏡の間にルシア,ユウ,3人の寮長,学園長が揃う.
そうしてルシアが鏡の前に立つ.
「ありがとう,ございました.クロラス先生」
ユウがルシアから距離をとる.
「では,これで失礼するよ」
ルシアが鏡を通ろうと手を伸ばす.
ルシアの指先が鏡に触れたその瞬間,数多の黒い手が鏡からルシアへと伸ばされる.
護衛のために傍にいたレオナ・キングスカラーは咄嗟にルシアの腕を掴み自分に引き寄せた.ヴィル・シェーンハイトは鏡とルシアの間に身を滑り込ませて防御魔法を展開した.マレウス・ドラコニアはその場にいた全員に加護をかけ,黒い手を弾く.
だが.
鏡から伸ばされた無数の手は,その場の5人全員を包み込んで鏡の中へと引きずりこんだ.
そこにはただ,自らを防衛するにとどめた学園長と,ひび割れた鏡だけが残されている.