川のせせらぎ、小鳥の鳴き声などが混ざった穏やかなBGMが流れている。
此処は切り離された日常を再現した
日本から取り寄せた米、海苔、漬け物を用いて軽食としておにぎりを提供している。
年若い日本人店主、本場の味、日本の懐かしさにつられて店を訪れる者の憩いの場として、混沌渦巻くHLでもなんとか商売を行えている。
『いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ』
「うぃ〜す」
食券を取り、自動音声に促され席に着く。提示された食券を受け取った店員が手早く調理を開始する。水とお茶はセルフサービス。今日は通常の白米に加え、炊き込みご飯が追加されているおかげで今は忙しそうだ。
「繁盛してんな」
『先輩が気にかけてくださっているおかげです』
「じゃあ今日もツケで」
『食券買ったのに何言ってるんですか?』
“秘密結社ライブラ”戦闘員ザップ・レンフロ。その軽口を叩く姿に普段の粗暴さは無い。
この店は魔術的要素のおかげで守られており、暴力沙汰を未然に防ぐことに貢献しているが、後輩の店に飯をたかるこの男もその要因の一つなのだ。たまに混沌も運んでくるが。
『鮭・おかか・炊き込みおにぎりです』
「うっし!いただきゃーす!」
『ごゆっくりどうぞ』
素手で食べても怒られないおにぎりを、ザップは案外気に入っている。
米一粒も残さず食べた時に見せた後輩の笑顔が見たい、というのもある。直接本人には言わないが。
遅めの昼食にのんびり舌鼓を打っていると、新たな来客があったらしく、音声が流れる。
『いらっしゃいませ…あ、こんにちは』
「よう」
知り合いでも来たかと店の出入り口を見て後悔した。
「ん?ウゲッ!」
『お好きな席へどうぞ』
「おう」
HLPDの公僕ダニエル・ロウがわざわざ隣に座ってきやがったからだ。
食券を後輩に渡すそいつに睨みを利かせるが、こんなことで怯んでいるのであればHLで警官なんてやっていないだろう。
(タイミングよく客が引いてきた時に来やがって)
『お顔に煤が。おしぼりをどうぞ』
「悪いな」
『いいえ。どうぞごゆっくりお過ごしください』
「オイオイオイ〜〜後輩ちゃんよォ?この優しくて頼りになる兄貴肌なザップ様には何にも無しか?余は先輩ぞ?」
『え?追加注文ですか?』
「じゃあ味噌スープって、違うわ!」
『うーん…じゃあザップさんには開発中のメニューの試食を頼んでもいいですか?』
「バッチこい!」
思わぬラッキーに顔を緩めれば、隣の男が口を挟んできた。
「それ、俺も」
『ダニエルさんも?』
「おい公僕。今頼んだやつも来てねぇだろ。黙って指かドーナツでもくわえて見てろや」
「あ?」
「ア゛ァ?!」
『──喧嘩ですか?』
脛の蹴り合いに発展しそうになっていたダニエルとザップの足元に術式の光が広がっていく。
ここは喧嘩御法度の店。客が暴れたり他人に迷惑をかける行為をした途端、ランダムに強制転移させられるのだ。
「いいや。大人げない振る舞いをして悪かった」
「……悪かった」
「最近来れてなかったからな。開発中のってやつが気になったんだ」
ダニエル・ロウはこの店の店主の元保護者兼常連なのである。
一人立ちした後も何かと気にかけてくれるこの男は、安心できる数少ない憩いの場所として店に足繁く通っているが、理由はそれだけではない。
要するにダニエル・ロウもザップ・レンフロも、年若い日本人店主に恋心を抱いているのだ。
気を引きたくて、抜け駆けをするなと互いにけん制し合っているため、このような状況になってしまう。
『なら、お二人の分は、仕事場でも食べられるように包んでおきますね』
「ありがとうな」
「あんがとよ」
口角を上げる二人の男を見て、店主も嬉しそうに微笑む。
いつかその笑顔も心も独り占めしてやろうと画策されているとも知らない店主の身を心配している他の常連達は、しょっぱい顔をしてたくあんを噛み締めることしかできないのであった。