とにかく俺は運が悪い。信号はたいてい引っかかるし、雨の日には車に水をぶっかけられるし(これは自分で乾かせたりするからまぁいいのだが)、父親があんなんだし。自分のことを不幸だと思ったことはないが、運が悪いとは常々思っている。ただ、人生最大の不幸はみょうじなまえに目を付けられたことだろうなと思った。
「あの、よろしければ私のこと踏んでくれませんか? 可能でしたら拳をプラスして頂けたらと」
これが彼女との出会いの言葉である。最低なファーストインプレッションである。
みょうじなまえは変わった女の子だった。見た目は別段変わったところもないが、口を開くともうダメだ。俺に暴力を求めてくるのである。どうやらみょうじは被虐嗜好があるみたいで、甚振られることに快感を覚える性質らしいのだ。個性も受けた痛みを還元するというものなのもあり、他の人間より暴力に強くできていることも一因らしい。痛みを還元するから痛みに対するキャパシティが大きいし、漫画みたいに一瞬で治癒することはないにしろ治りも常人よりははやい。痛覚も軽く麻痺しているため痛みに鈍く、割とどんな激しい暴力でも受け止められるらしい。
「……悪いが、初対面のお前に手を上げる理由がない」
「あります! 私が望んでいるんです!」
「女に手をあげる趣味はねえ」
「ああ……残酷なまでの優しさが身にしみます……」
見た目に違わず王子様気質なんですね、でも困ります、王子様なら私を愛してくれないと!
「は?」
思わず素で声が出た。やべぇ奴に絡まれてしまった、そんな気持ちしかなかった。王子様という単語を日常会話で発する奴が存在することがまず信じられなかった。
「一目惚れって信じます? 私は否定派だったんですよ。だってそんな見ただけじゃ相手のこと何も知らないじゃないですか。見た目が好きなだけじゃないですか。そんなの真実の愛と言えますか? 言えませんよね、ええ、そんなことは分かっています。少し前まで私はそう思っていたんですもの。でも、運命ってあるんだなって改心しました。私はあなたに触れたい。触れられたい。好きです、好きになってしまったんです。だから、どうか愛してください?」
おかしい。頭もおかしいがルビもおかしい。なんで愛してのルビが殴ってになるんだ。殴られるのは痛い。特訓という名目があっても、一番になるという目的があっても、痛いものは痛い。好き好んで味わいたい感触ではない。自分が嫌というほど拳の味を知っているから、誰かに与えるということはしたくないのだった。
「……悪いが他をあたってくれ」
そう言って俺は彼女に背を向けた。春だから頭が陽気な奴が出てきただけで、まさかこんなクレイジーな奴がヒーロー科なわけがない、広いこの学校でもう会うことはないと思っていたのもある。しかし忘れてはいけない、俺は運が悪いのだ。人数の少ないヒーロー科でクレイジーサイコ少女と同じクラスになるくらいは、それはそれは簡単に起こるのだった。
「切島さんのかたぁい拳、私、一度味わってみたかったんです……!」
運の悪い俺は当然のごとく実技訓練でみょうじとペアになる。先生が考えたものならまだしも、少しでも手を抜いてくじ系だと必ずペアになる。いくらヒーロー科が人数が少ないと言っても異常だと思うレベルに。
「ウキウキしてるとこ悪ぃが、俺はみょうじを攻撃しないぜ」
「えっ」
「与えたダメージが戻ってくるやつに攻撃する馬鹿はいねぇ! あと心情的に女は殴りにくい!」
まっとうな人間の感性であった。将来的に敵ならば女でも殴らないといけない場面が出てくるとは思うが、攻撃が不利益を被るとわかった状態で殴る奴はいないと思う。みょうじの存在はガン無視して二人がかりで俺を攻めてくる。氷を身にまといながら防御、炎で牽制、そして持ち前の反射神経で攻撃を回避、回避、回避! さすがインターンで実践経験を積んだやつらだ、自分の立ち回りに自信があったが攻撃に転じることができない。
「えっえっ、なんでですかー! なんで三人で愛し合っちゃってるんですかー!」
みょうじの愛すは辞書的な意味と暴力沙汰という意味が含まれる。今回は暴力の方である。
「ズルいですよぉ! 私も混ぜてくださいよぉ〜! えーん」
当然のごとくでスルーである。騒いでる余裕があれば手助けしてくれればいいものの、みょうじは痛みに強い、ちょっとだけ戦える以外は一般人と何ら変わりがないのである。
「えーん轟くん〜!! 私、このままだと攻撃手段ないので愛して下さいっ!」
非常に不本意ではあるが、みょうじを使えるものにしないと不利なままである。みょうじに近付かせまいと位置取りを変えてくるせいで近づけはしないが、俺の本来の得意距離はミドルレンジである。氷結させた氷柱を切島に思い切りぶつけ、それを彼が薙ぎ払い、都合よくみょうじの頭にぶっとぶなんてこともできるのである。……いや、本来は別の方法で攻撃するつもりだったのだが、不幸な事故が起きてしまった。
「さすがのみょうじでも死んだか……?」
「……」
「返事がない、ただの屍のようだ」
「いやふざけてる場合じゃねぇから! おいみょうじ! おい、しっかりしろ!!」
でかい氷柱が頭にクリーンヒットして血があたりに散っているのだ、これで動揺しない生徒はいない。かく言う俺も自分が犯してしまった罪の重さに呆然としていた。
「あはっ……さすがの私もイッちゃうかと思いました……」
「駄目だ手遅れだ、リカバリーガールんとこに」
「俺が行く」
みょうじの膝裏に手を入れ、肩を抱きかかえ持ち上げる。簡単に持ち上がるみょうじの軽さに少し心配になった。間近で見るとわかる首の細さ。鍛えて入るけれど細い手足。こんなにも頼りない存在だったのだろうか。相澤先生に断りを入れてから演習場をあとにする。珍しく静かなみょうじに戸惑うばかりだった。
「みょうじ、ちゃんと食べてんのか」
「……食べてますよ、気が向いたら」
「おい」
「子供の頃、毎食食べる習慣がなくてそんな体質になっただけです」
薄い体躯。暴力を求めること。食べる習慣がないこと。幼い頃与えられる愛の代わりに暴力が与えられていたのだとしたら、それ故に履き違えていたのだとしたら。みょうじの求める愛は、愛とは。
「轟くんは仮免試験のあとからたまに攻撃の手が止まりますよね。一瞬のタイムラグはので周りの人は気付いてませんけど、私は轟くんがだーいすきなので気づいちゃうんですよね」
「……は、」
「私が倒れた時も動き止まってましたよね。少し前までの轟くんならうごけていました。でも大丈夫ですよ。私は死にません。轟くんに愛してもらうまで、死にませんから!」
本当にみょうじは俺のことをよく見ている。そのことが嬉しくて、でも気付かれたくなくて、誤魔化した。
「お前一生付きまとうつもりか?」
「もちろんですよぉ〜!! 運命の人ですからねっ」
「お前と付き合えるのは俺くらいだろうから、いいんじゃないか」
「え と、轟くん……」
びっくりして目を大きく見開いたみょうじに、俺はいたずらっぽく笑いかけた。
「どういう意味がわかるか?」
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