講義中、スマホの通知が画面に浮かんだのを見た。それは有名なヒーロー情報サイトのものだ。慣れた手つきでサイトを開くと、そこには大きく赤と白の髪を持つ青年の姿が写っていた。ショート。今人気の実力派の若手のプロヒーローだ。この年の世代はデビュー前から何かと有名だった。名高い雄英高校に属しながら何度も敵の襲撃を受け、退けてきたゴールデンエイジ。若い頃から多く実践を踏んできたこの年のヒーロー達は、随分と優秀だと聞く。実際若手にしては敵の検挙率もいいし、お手柄!とニュースサイトに名前が乗ることも少なくなかった。
特に有名なのが、雄英の同期の三人。オールマイトの後継と噂される、ヒーローデク。口も態度も悪いが圧倒的戦闘センスとカリスマを見せつける爆心地。そしてあのエンデヴァーの息子というだけでなく、甘いルックスと高い実力で評価されているショート。ヒーローのニュースサイトをこまめにチェックするくらいだ、私もフォロワーである。それも、中学のときの同級生である、轟焦凍――ショートの。
なぜ人は叶わない恋をしてしまうのか、というのは女の子の永遠の議題だ。芸能人のことを好きになって、その人が結婚報告をする度に泣いてきた女の子たちを多く見てきた。中学生のときの私は、そんな女の子たちのことを馬鹿だなぁって思ってた。あった事もないのに。生きているとはいえ画面の向こうの存在なのに、何で本気になれるんだろうと。冷静になれば、無理だってわかることなのに。その頃の私は、画面の向こうのタレントでも顔のいい若手プロヒーローでもなくて、同級生の男の子に恋をしていたのだ。サルみたいに騒がしくてデリカシーのない男子たちとは違う、クールでミステリアスな男の子。轟焦凍くんに。
轟くんは仲の良い男友達も女の子もいなくて、話し掛けたら応じてくれるし、グループワークを嫌がるわけじゃないけれど、いつも一人でいた。群れになってぎゃあぎゃあ騒ぐ男子たちや、つるんでないと不安で仕方ない女の子たちと違ってなんだか特別に見えたのだった。
「よいしょ……っと」
職員室のすぐ近くのボックスから、クラスへの配布物を運ぶ。男女二人の日直の仕事だというのに、私のペアであるやつはどこを探しても見つからないのだ。先日多く課題が出されたせいで重たくて仕方ないのに、なんでこういうときに限っていい加減なやつと当たっちゃうかなぁ、と自分の不幸を嘆いていたのだ。
「それ、大変だろ。半分持つ」
「えっ?」
後ろからすっと手が伸びて来て、私が抱えていた荷物は殆ど奪い取られた。轟くんだった。
「これくらいなら持てるか?」
「え、あ、うん」
どぎまぎしている私に気付いていない轟くんは、重たいワークを私の手から取り上げて、代わりに軽いプリントを顎で示した。
「ありがとう……」
「たいしたことじゃない」
轟くんにとってはそうだったのだろう。そのままスタスタと歩いていった。だけど私にとってはたいしたことだったのだ。それまではいいな、程度だった轟くんのことを意識して意識して仕方なかった。隣の席になったときは嬉しくて、他の女の子に睨まれない程度に頑張って話しかけたりもした。バレンタインも勇気をだして渡した。だけど結局告白することはおろか、連絡先も聞くことができなくて。卒業とともに私と彼の繋がりは切れたのだった。
「あっ、これ……」
それから数年後。ネットのニュースをなんとはなしに見てみたら、よく見知った顔の青年が写っていた。顔を隠さないヒーロースーツに、目立つ髪色。間違いない、同級生の轟くんだ。インターン期間中に敵を捕まえたらしくて、そのことについて詳しく書かれている。もう会えないと思っていた轟くんとこんなところで繋がりができて、一昔前のジュニアアイドルに入れこむ女の子のように、ヒーローの卵の追いかけを始めたのだ。そして気付いたら私は大学生になり、轟くんはプロヒーローデビューをしていた。
ぼうっとヒーローサイトに載っていた轟くんのことを考えていたからだろうか、講義中だというのにやけに講義室が騒がしいことに気付くのが遅れた。
ギャー、ワーッという喧騒の原因は、異形の頭をした闖入者の存在だった。どう考えても敵だ。なにがどうなって大学に殴り込んできたのかはわからないが、一つしかない、出入り口は敵に塞がれているし、ぼうっとして逃げ遅れた私がやつに人質にとられるのは自然なことだった。
「これからヒーローが来る! そうなったら俺はもう終わりだ! クソッタレな人生の終わりにお前らも道連れにしてやる!!」
理不尽だと思った。死ぬなら一人で死ねよと。巻き添えになってまだ花の盛に散るのは嫌だと思ったけど、正気を失った敵の前で口答えする勇気も暴れる勇気も私にはない。ああ、死にたくない、死にたくない。
「っ……!」
少し寒いなと思ったのは、恐怖のあまり私の血の気が引いていたからだろうか。一瞬だけ寒いなと思ったら、私を拘束していた敵が氷漬けになっていた。
「え……?」
なんだこれ。どうなってるの。
「大丈夫か?」
「大丈夫です」
氷が伸びているその先からやってきたのは、いつも画面から見ていたヒーロー、ショートだった。
あれから軽い身体チェックを受けたり、警察の聴取を受けて、その後少しだけ時間があった。助けてくれたヒーローにお礼を言いたいというと、時間を作ってくれたのだ。
「あのっ、とど……ショートさん。助けてくださってありがとうございました」
「ヒーローとして当たり前のことをしただけだ」
「でも、私、嬉しかったです。ショートさんがいないと死んでしまってたし、」
それから。卒業までに、言えなかった言葉を言う時が来た。
「私、ショートさんのことが好きだったから」
これは賭けだった。彼が私を覚えているか。少しでも望みがあるのか。果たしてその賭けに、私は負けたのだった。
「……ありがとな。俺はヒーローだからその気持ちに応えることはできないけど、好きになってくれて、かまわない」
「ありがとうございます。伝えることができて、そう言ってもらえて、私は幸せです」
ショートは、轟くんは、私のことなんてちっとも覚えてなかったみたいだけど。あの日からずっと燻っていた恋心を、やっと消すことができそうで。青春の終わりもいいものなんだなぁと、私は思った。
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