運命はバニラエッセンス
 将来の夢はなんですか、と問われたら「お嫁さん」と答えるくらいには夢見がちな女の子だった。少女漫画が好きだし、少女漫画に出てくるヒーロー役の男の子みたいなタイプが好みだった。こういう風に育ったのは、両親の影響もあると思っている。私の母親はランチラッシュのような料理の個性で、父親の胃袋をがっちり掴んで結婚した。もう私が高校生にもなるっていうのに未だに新婚のようにラブラブだし、幸せそうな二人を見ていると結婚っていいなあ、早く私も結婚したいなあ、と思うようになったのだった。

「なまえにも素敵な人が現れるわよ」
「ほんと? 私の個性でも本当にそう思う?」
「個性的に私とパパみたいには行かないと思うけど、運命の相手はきっといるから、大丈夫!」
「…………」

 そう、そうなのだ。私は母親の個性を引き継がず――いや、引き継いでいるんだけど父親の毒っていうのか酸っていうのかよくわかってない有害物質を分泌することのできる個性と混ざってしまったのだ。お陰で作る料理に強烈な毒性が発生するようになった。一応発動型の個性なのでオンオフはできるんだけど、個性・ポイズンクッキングとか、お嫁さんの夢には程遠いものであった。
 それでも諦めず、毎日毎日料理をしている。好きな人に差し入れをしたくてお菓子のレシピだって研究している。良くわからない有害物質でキッチンをあちこち溶解させるので、自宅のキッチンは特別仕様だ。そんな涙ぐましい努力も虚しく、私の運命の人とは出会えなかった。彼氏はいても、誰一人として手料理を食べてくれなかったのだ。

(ここで、会えたらいいな)

 傑物学園高校。それが私の進学した学校の名前である。私は普通科に進学したのだが、ここにはヒーロー科もある。ヒーローとは今、すべての子供たちが憧れている職業でその卵の人にちょっとときめきは禁じえない。緊張もあるけど、どちらかというとダルい入学式を終えて指定された教室へ向かっているときだった。体育館から一斉に人が出ていって揉みくちゃにされている時に、視線を感じたのだ。

(誰?)

 視線の持ち主を探すと、ふわふわの黒髪の、爽やかな雰囲気の男の子と目があった。赤いリボンをつけていかないから、学年まではわからないけどどうやら先輩らしい。彼は私の視線に気付くとニコッと笑ってくれた。自分が真っ赤になったのがその時分かった。恥ずかしくて目を逸らす。
少女漫画のヒーロー役の男の子みたいだなあと私は思って、その先輩のことを意識するようになった。

「わ、」
「うわっ」

 移動教室のとき、曲がり角で誰かとぶつかった。後ろに倒れそうになったのを、ぶつかった相手がしっかりと抱きとめてくれて事なきを得た。

「ごめんごめん、怪我はなかった?」
「こちらこそすいません。大丈夫で……」

 なんと、ぶつかった相手は入学式のときに微笑んでくれた先輩だったからだ。まだ四月で、クラスの皆の顔と名前を覚えるので精一杯で、先輩のことを知る機会はなかったのに、なんて偶然だろう。人好きのする柔らかい雰囲気に、爽やかな笑顔。そして、そして、近くで見るとびっくりするくらい格好良くて。それだけじゃなくて、理想のタイプなのだ。

「本当に大丈夫……? 保健室ついていこうか?」
「えっ、あっはい! ただちょっと、あの、びっくりしちゃっただけなので」
「そっか。俺が言うのもなんだけど、気を付けてね」
「は、はい!」

 後ろ姿までかっこいい……。去っていく先輩を、熱に浮かされたように私は見ていた。
 気になる先輩との運命は重なっていく。適当に入った委員会が先輩と同じで、そこで彼の名前が真堂揺だと言うことを知った。先輩の方も私のことを覚えていてくれたらしくて、委員会の顔合わせのときに声をかけてくれた。

「あ、君この間の」
「はい、ご迷惑おかけしました……!」
「いや、俺も悪かったから。ところで、名前はなんて言うの?」
「みょうじなまえです!」
「可愛い名前だね。君にぴったりだ」
「えっ、あ、ありがとうございます……!」

 真堂先輩の言葉は、砂糖菓子みたいに甘い。なんで照れもせずこんな少女漫画みたいな甘いセリフが出てくるんだろう。「いやリアルでこんなの言われたらサムいだけでしょ」って友人達に散々馬鹿にされてきたけど、先輩みたいな格好いい人が言うと全然そんな事はない。その後なんの奇跡が連絡先を交換することができて、私と先輩は少しずつ仲良くなっていった。

 私と先輩が付き合う事になったのは、家庭科の調理実習がきっかけだ。簡単なお菓子を作るというテーマで、私は調理実習で作ったお菓子を好きな人に手渡すというシチュエーションに強い憧れを持っていた。だって、鉄板のイベントだし。お母さんもお父さんに渡していたって言うし。だから個性を使わないようにして一生懸命作ったのに、出来上がったのはいつものポイズンクッキングである。

(ああ、これじゃ到底渡せない……)

 他の子の出来映えはとてもいいものだ。ちょっと失敗してる子でも少し焼きすぎたかな? と言うレベルのものだし。私の生み出したダークマターとは次元が違う。またいつものように廃棄処分だろうか、と落ち込んでいたとき。

「いいにおいすると思ったら〜みょうじちゃん、お菓子作ってるの?」
「真堂先輩……」

 体操服を着て、ボールを抱えた先輩が窓の外に立っていた。体育の時間にサッカーをしていて、飛ばしてしまったボールを取りに来たということろだろうか。どうして、よりによってこんなタイミングで現れるのだろうか。

「ね、ね、みょうじちゃんも作ったんでしょ? こっそり俺に一口くれない?」
「で、でも私、失敗しちゃって……」
「いいよ。失敗しててもみょうじちゃんの手作りが食べたいな」

 ――みょうじちゃんの手作りが食べたいな。

 それは、私が一度だって言われたことのない台詞だった。でも、言われてみたかったセリフだった。先輩だったらもしかして、大丈夫かもしれない。私の運命の人かもしれない。そんな淡い期待を抱いて、賭けてみようと決意した。

「でもこれですよ?」
「大したことないじゃん」

 明らかに大したことのある毒々しい色合いのそれを、先輩は躊躇うことなく口にして――。

「うん、ちゃんと食べれ……ゴフッ」
「せ、先輩ーーーー!!」

 そして、倒れた。
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