Halloween night
「クソったれ、こんな厄介なことがあるかよ」

 俺は思わず悪態をついた。クソだ、この世界は本当にクソだ。そんなの、俺達の故郷が滅ぼされたときから分かっていた事だけれど。

 俺とひとつ下のなまえは同じ村の出身だった。村は豊かではなく、どちらかといえば貧しいけれど、みんな素朴で優しい人たちばかりで苦しい生活の中助け合ってなんとか生き延びていた。田舎だったから同年代の子どもたちが少なく、その中から性格のあう子となると、なまえしかいなかった。ふわふわとしていて頼りないなまえの世話を焼くのも、たまに意地悪して膨れさせるのも楽しかった。おじさんやおばさんから「なまえは揺くんと一緒にいるときが一番ニコニコしてるね」と言われるのも嬉しかった。
 農作物の出来が悪く、国全体が貧困に喘いでいた秋口のこと。今年の冬を乗り切れるかどうか……という規模での不作で、大人たちは困り果てていた。貧しいけれど正しく生きようとする者もいれば、誰かから奪って生き延びていくやつもいる。祭りの日で、少しだけ浮足立っていた俺達の村を、山賊が襲ったのだった。

「揺くん、なまえを……!」
「でもっ!」
「いいから、ここは大人たちに任せて」

 おじさんとおばさんは床下の食料倉庫へ俺達二人を押し込めて、出てこれないようにした。大丈夫だから、と震えるなまえが声を出さないように落ち着かせるので精一杯だった。ドタバタと暴れる音、見知った人の叫び声、粗野な高笑い。助けに行って力になれるほど大人ではなかったけれど、何が起きたかわからないほど子供ではなかった。

「美味そうなもんあるじゃねぇか」
「食っちまおうぜ」
「そうだな――カハッ」

 村の人たちを殺したであろう山賊たちが、なまえの家の料理に目をつけた。見た目こそ美味しそうだけれど、お祭りだからってなまえも料理を手伝ってしまったのだろう。作った料理に何故か毒が混入してしまう特殊能力を持つなまえの殺人兵器を食べた山賊の一部は死に、残りの奴らはこの世ならざるものの呪いだと喚いて村から去っていった。そう、奇しくも今日はハロウィーンの夜。あちらの世界から魔がやってくるとされている日だ。
 村で唯一生き残った俺となまえは、茫然自失としているところを、噂を聞いて駆けつけた領主様たちに保護された。そして慈悲深い領主様のご意向により、教会が運営する孤児院へと入れられたのだ。

 孤児院へ来て、村より外へ出て俺は学んだ。神父だからといって聖人君子ではないこと。なまえの料理の腕が、あの村では何事もないように無視されていたが、魔女と言われて殺されてしまう可能性があること。いつでも笑顔の仮面を被って、大人に受けのいい性格を演じて、なまえの面倒を甲斐甲斐しくみた。なぜ自分たちだけ生き延びたか――なまえの料理で山賊たちが死んだなんて口が裂けても言えないから、両親が身を挺して庇ってくれたので、死んだと勘違いしてもらって見逃されたと言い訳をした。そして、其の前後の記憶がはっきりしてないとも。「目の前で親を残酷に殺された子供」が、同郷の娘を可愛がっている。もういい加減成長したのだから過度な世話をやめろと引き離せば錯乱し、なまえに接触させれば聞き分けの良い素直ないい子が生まれる。刃物にも過剰な怯えを見せ、なまえが料理のために刃物を握ろうものなら手のつけようがないほど暴れてみせれば大人たちは俺となまえを引き離すのをやめた。

 ――可哀想に、親を殺されたことがトラウマになっているのよ。だから刃物に怯えるんだわ。
 ――あれはもう一生治りそうにないね。可哀想だけれど。
 ――なまえちゃんを過度に気にかけるのも、もう身内を失いたくない心理が働いていると神父様が仰ってたわ。
 ――普段は気立ても良くていい子で、頭もいいだけに、ねえ……。

 計画通りだった。乱雑な口調も、なまえをからかっては笑っていた意地悪な心も、全部全部封印して神父様の気に入る子供の演技をした。聞き分けの良い優秀な子供が大好きな神父様からは
特に目をかけて可愛がって貰って、「君も神官にならないか? 私の後釜が必要でね」と誘って貰っていた。
 親も土地も学もない哀れな子供が一体将来何になれる? なまえを食わせていくことはおろか、自分の生活にも困るだろう。けれど神父ならどうだろう。真面目な顔で説教をして、慈悲の心を見せてやれば食うには困らない。妻帯はできないからなまえと夫婦になることはできないけれど、食いっぱぐれることなくずっと一緒にいられるならそれは夫婦になっているのと何が違うのだろうか?

「おじさんとおばさんになまえを託されたんだ」

 俺が見捨てたら、ふわふわしていてすぐに騙されるなまえはどうやって生きていくんだ?


「揺くーん、お客様だよ!」
「ああ、今行くよ」
「ふふ」
「何笑ってるんだよ」
「だってぇ、揺くん、私の前だと昔の喋り方するんだもん」
「他の人の前でこの口調は不味いだろ?」
「うん。だから私だけって感じで、特別みたいで嬉しい!」

 お前が特別じゃないときなんてなかったよ。そう思ったけれど、言えばきっと調子に乗るだろうからその言葉は飲み込んだ。
 あれから成長して大人になった俺は、神父様の後釜として教会を引継いだ。若すぎるとの声もあったが、俺が優秀だったこと、近隣の人たちに好かれていたこと、何より神父様の強い後押しで決定した。大人たちに好かれるように振る舞ってきた甲斐があったというものだ。なまえはシスターではないものの、俺の手伝いとして特例で教会に置いてもらっている。料理は作らせられないから、孤児の子どもたちの世話をして貰っている。平穏だ。平穏な日々だった・・・のだ。

「あいつは魔女だ!」
「魔女だ、殺せ!」

 ああ、どうしてこうなってしまったんだろう。どうしてなまえが魔女だと、処刑だと言われているのだろう。奇しくもその年は飢饉の年で、なまえがハロウィーンの祭りで料理の手伝いをしたのまで同じだった。嫌な予感が頭をよぎる。
 慕われている孤児に壊れて、少し菓子作りを手伝っただけでこうなったらしい。まさか、そこまでなまえの力が強くなっているなんて思わなかった。

「なまえ、なんで」

 なんで手伝ったんだ、という言葉は遮られた。他ならぬ、なまえ自身によって。

「揺くん、騙しててごめんね……」
「嘘だろ、なまえ」

 なんでそんなこと言うんだよ。嘘ついて庇われても嬉しくない。お前が俺の生きる理由で目的だったんだ。俺だけ庇われて生きていても生きる意味はない。
 ああ、でも、あとから思うとなまえもしんどかったんだろうな。衣食住、何から何まで俺におんぶに抱っこ。変な能力のせいで料理すらろくに作れない役立たず。自分は楽して生きているだけ――そんな引け目が、彼女にはあった。

「やはり神父様は騙されていただけだ」
「神に偽りを述べる冒涜者め!」

 処刑だ! 処刑だ! 処刑だ!

「やめろ……なまえは幼馴染なんだ……俺の、俺の」
「神父様、お気を確かに。あの者は人ではありません」

 人じゃない? そんなわけあるか。お前がなまえの何を知っている。けれども飢える民たちの勢いは止まらない。理不尽な飢饉を、誰かのせいにしたかった。誰のせいでもないそれを、誰かのせいにして安心を得たかった。それだけ。それだけの理由で俺はなまえを失ったのだ。

 魔女を処刑して迎えた祭りは、いつもより熱気が凄かった。張り裂けそうな胸を抱えて笑顔の仮面を作ることはできなかったから、俺はそっと抜け出してなまえの墓まで来た。普通なら魔女は火炙りだけれど、そこは言いくるめて埋葬した。自分だけ助かるために信頼を築いてきたわけじゃないのに。

「なんのために信じてもねえ神の道を説いてきたんだよ」

 すべてなまえのためだった。なまえの、ためだったのだ。
 しかし信じてもいない神は望んでいない奇跡を起こした。なまえが生き返った・・・・・のだ。

「は?」
「あ、あーーー。うーー」

 墓からにゅっと手が伸びて。頭から血を流したなまえが、土気色の肌に変わって、そして動いている。

「クソったれ、こんな厄介なことがあるかよ」

 不死者として生き返ったなまえと平穏な生活なんて出来やしない。化物になったなまえを滅ぼしたところで魂が再生するとも思えない。今世も来世も、俺達の道は詰んでいる。

「お前は本当にろくなことしないな……」
「うー?」

 でも、再びなまえの顔を見れてよかったと、そう思ってしまう俺がいるのも確かであった。
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