夏休みに入って暫くの7月も終わりに差し掛かったときのこと。コンコン、とドアがノックされて「はーい」の「は」の返事の時に、予想してた通りしょーちゃんがはいってきた。
「来夏、三日後暇か?」
午前のトレーニングが終わったらしいしょーちゃんは、ジャージ姿ではなく普通の私服姿である。補足するならば、親は「来夏〜いる〜?」と声をかける。ノックをするのは幼馴染のしょーちゃんだけで、駄目なとき私は「待って」と返事をするので、それでやたらと侵入が早いのである。
「空いてるよ〜どうしたの?」
「親父からI・アイランドの招待状を貰ったらしいんだが、仕事で行けねぇから代わりに行ってこいって言われたんだ」
「うん」
「それで……その、プレオープンの施設も見て回れるんだが、代わりに参加するパーティにパートナーが必要で」
「あれ? 夏休みなのに冬美お姉ちゃんが都合付かないの?」
「夏休みは夏休みでも、研修があるそうだ」
「それで私?」
「嫌か?」
「ううん、すっごく嬉しい!」
巨大人工移動都市、I・アイランド。そこで開催されるI・エキスポ。そこは個性社会に馴染んだ現代人でもファンタジーを感じることのできる、科学技術の粋が集まった場所だ。百ちゃんのお父さんが出資してる会社がそこのスポンサーとかで、招待状を巡る仁義なき戦いを繰り広げたとの話は聞いていたので、興味はあったのだ。一般人の私は招待状を持ってる人の伝手はないし、行くのも無理かなぁと思っていたのでこの誘いは正直有難かった。
「でも、正装持ってたかな。ピアノの発表会で着てたのはもうサイズ合わなくなってるだろうし……」
「姉さんのを借りればいい」
「えっ、いいの?」
「構わねぇだろ。来夏はほぼ家族みたいなもんだしな」
「家族……」
しょーちゃんには特に他意はないのだろうが、しょーちゃんのことを意識しまくりな私は、一人で勝手に照れてしまった。
冬美お姉ちゃんに正装はどれがいいかあれこれ着せ替え人形をさせられて、飛行機の乗り方とかチケット持ったか確認されて、そしてエンデヴァーさんにその眼鏡を実践で試してこいと言われて、エキスポ当日である。しょーちゃんと二人で飛行機に乗ったあと、持ち込んだお菓子を食べたり音楽を聴いたり、途中で寝落ちたしょーちゃんがもたれかかったせいで身動きが取れなくなって私まで寝落ちしたりと色々あったが、着陸のアナウンスが流れた時には二人とも準備バッチリになっていた。
(いや、バッチリじゃない)
鞄の中を探って眼鏡ケースを取り出した。一見普通の眼鏡に見えるが、エンデヴァーさんに貰ったサポートアイテムなのである。眼鏡で収集したデータを、ケーブルで私が受信して、必要なもの不必要なものに整理し、重大なものは衛星経由で大抵の場所からでも繋がるネットを経由してエンデヴァー事務所のパソコンへ転送する。まずはその練習をしてみろと与えられたものだったが、正直少しだけ態度が軟化した息子と歩み寄りの材料を探しているだけのように思えた。
『たしかに、ハッキングのような、警察のサイ犯が扱う技術を覚えるのも手だがな』
今からでもヒーローになりたい、なれないならせめてサイドキックになりたい、と事務所に突撃した私に、エンデヴァーさんが投げた言葉を思い出す。一般人の私にはそれは危ないとエンデヴァーさんは言った。自分の息子はヒーロー候補として厳しく鍛え上げるのに、隣人の娘は一般人だとラインを引く。しょーちゃんの話を常に聞いていたから、稽古をつけているときの顔がとっても恐ろしかったから、怖くて厳しいだけの人かと思っていたけれど、その中に優しさや常識もあって。親しみを覚えるはずの、そのプラスの部分がとても残酷になるのだと、私はその時初めて知った。
私の個性はカメラだと言っているが、それは携帯端末の中のカメラの個性しか私が使いこなせていないだけで、本来なら人間携帯デバイスなようなものだ。操作も今の御時世、みんなが持っているスマートフォンと同じものだし。背中と言えばいいのか、首のあたりと言えばいいのか、そこにUSBコネクタのようなものがあるし。現に撮った写真をPCに移すくらいなら今まで出来ていたし。個性を伸ばしていけば、そのうち人型アンドロイドのような存在になれる可能性も、ある。
だから。私がしょーちゃんの隣を歩きたいのなら、個性を鍛えて一歩上の段階へ行くしかないのだ。サイ犯の真似事は無理でも、ナビゲーションの真似事ならできるかもしれない。
「……来夏、目ぇ悪くなったのか?」
「ううん、伊達だよ」
「そうか。ねぇ方が可愛いと思うんだが」
「かわ……っ!? に、似合ってないってことかな」
「いや」
いきなりしょーちゃんが顔を近付けてきて、いつまで経っても慣れないその距離感に身体を強張らせると、唇に一瞬だけ、熱が与えられた。
「こう言うこと、やりにくくなるから」
「……えっち。外しません」
「そこは負けろよ」
そう言って柔らかく笑う笑顔もサポートアイテムが保存する。そう、この眼鏡は私の視覚データを自動収集して保管するものなのだ。しかも、あろうことか恋人の父親のパソコンに送信されてしまうのだ! いかに息子の自分には見せない顔が見たいと仰せでも、恋人たちの睦みごとまで見せる義理はないわけで。というか私も恥ずかしいわけで。自動送信される前にデータを私自身の方のメモリへ移動する作業を行うのであった。