冬美姉さんよりいくつか下で、焦凍より二個上のなまえのことをいつ好きになったのか彼は上手く思い出せなかった。でもかわりに、いつなまえと知り合ったのか焦凍はしっかり覚えていた。まだ小学生のとき、女の子一人で歩かせるのは心配だからと家が近所だった冬美と一緒に学校に行ってくれるようなまえの親が言ったのがきっかけだった。冬美が卒業してからもそれは続いて、焦凍となまえは一緒に学校に通っていたのだった。
「よしよし、しょーとくん、えらいえらい」
ふにゃふにゃするやわらかい手を繋いで二人は学校に行った。焦凍は手のかからない子だからそんなことしなくても大丈夫だよと言われてもなまえが繋いだ手を話すことはなかった。そしてそのやわらかい手でなまえは焦凍の頭をよしよしと撫でてくれた。頑張っても頑張っても厳しくされるだけで、褒められることがない焦凍にはめったにない経験だった。
「かけっこ一番だった」
「よしよし、しょーとくん、えらいえらい」
「テスト、ひゃくてんだった」
「しょーとくん、よしよし」
「けがしたけど、泣かなかった」
「よしよし、しょーとくん、えらいえらい」
自分でもくだらないなあ、と思うことを告げてもなまえは嬉しそうに褒めてくれた。もうそんな年じゃないと思っても、やわらかい手で頭に触れられるのは嫌いじゃなくて。むしろ心地よくて、ついついくだらないことをなまえに報告してしまうのだった。
「なまえさん、中学生になった」
「おっきくなったね、よしよし」
目線がほぼ同じになったというのにいつまで経っても子ども扱いでなまえは焦凍の頭を撫でる。嫌いじゃないけど、だんだん満足できなくなっていったのも確かだ。
そんな焦凍のもやもやを無視して、なまえは彼を置いて雄英高校のサポート科に進学してしまった。いくら身長が伸びても年の差は縮まらない。常に二年の距離をあけて前を行く。焦凍はそんななまえを追いかけるだけだった。
「なまえさん、雄英推薦で受かった」
「焦凍くんえらい。よしよし」
お互いが中学生、高校生ともなれば昔みたいに会うことはなくなってしまう。だから家の前で待ち伏せにして報告をしてみたら、今までと同じ対応をされただけだった。白くてやわらかい手のひらで、背伸びまでして焦凍の頭を撫でる。もう自分の方が背だって高いのに、なまえの中ではあの頃のまま、手を引いてあげた「しょうとくん」のまま変わっていないのだ。
「……なまえさん」
「なぁに?」
「俺もう高校生なんですけど」
言外ににじませた感情をなまえがどう受け取ったのか焦凍にはわからない。綺麗な瞳を少しだけ大きくして、感情を表に出したのを恥じるように笑って、彼女は言った。
「そっか。焦凍くんももう高校生なんだね」
学年も科も違えば広い雄英でほとんど会うことはない。それに三年生はもう就職も視野に入れているからいろいろ忙しい。やっと追いかけっこに追いついてなまえの近くに来たのに、また前みたいに会えない生活が続いていた。が、転機が現れた。
「おーい、焦凍くん」
「なまえさん」
「ふふふ。ちょっと時間いい?」
「もちろんです」
彼女からのお誘いならばたとえ忙しくたって時間を作ってみせる。体育祭が終わってしばらくしたお昼休み、焦凍はなまえの方から呼ばれてワクワクしていた。
「この間は体育祭二位おめでとう! あとでVTR見たよ。焦凍くんは相変わらずえらいえらい。よしよーし」
「なまえさん」
それ、やめてくれって言ったのに。
「ノンノン! 勘違いしちゃダメだよ轟少年。もう君は高校生だからね、お姉さんがいいものをあげようじゃないか」
「いいもの?」
たとえばキスとか? なんて想像してしまったのは健全な青少年だから仕方ないことだった。だってもう焦凍は何年もなまえから御預けを食らっているのだ。高鳴る鼓動、そして期待を表情に出さないように待っていると――彼女は謎の物体を差し出した。
「……これは?」
「私が開発した痴漢撃退用の武器! をちょーっと改造したもの。焦凍くんは個性が強いからそればっかり使ってて肉弾戦に慣れていないみたいだからね。中・遠距離主体になる個性だから仕方ないとは思うけど体術も鍛えたほうがいいよ。そして当面その弱点をカバーするのがこちら。電流の出力をいじってあるからもし敵が初撃を入れてきたらそのときにビリっとして体勢を……」
「そうじゃない」
「え?」
「そうじゃない。子供扱いをやめてほしいけど、モノが欲しいのでもない。俺は、あんたに俺を見て欲しい」
「焦凍くん?」
「もう高校生なんだからっていうのはそういうことだ」
ぐっと腕を握ったら、彼女の手からプレゼントが滑り落ちた。そのまま近くの壁に押し付けて、腕の中に閉じ込める。常に自分の二年先を行くなまえは、当然この行為の意味に気付いてる。
「だめ……」
「なんでだよ。俺のこと嫌いなのか?」
「き、嫌いじゃないから困ってるんでしょ!!」
腕の中に閉じ込めたなまえを見ると、顔を隠しているけれど、耳が真っ赤だから照れていることがわかった。脈がないわけじゃいと安心する。
「だって、昔と同じだって子供扱いしないと焦凍くん格好よすぎてどうやって接したらいいかわかんないんだもん……」
「なまえさんって実は馬鹿だろ」
「なんでよ!」
「思うがままに接してくれたらいいに決まってるだろ」
焦凍の言葉に動かされて、なまえはいつも焦凍の頭の上においていたやわらかい手のひらを、たくましく育った背中に回したのだった。
/mikiさんへ
ethica
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