高校に入学してすぐ、同じクラスに初恋の人とそっくりな人がいた。五歳とかそのあたりの記憶だから顔は定かではないのだけれど、顔に火傷跡があって、珍しい髪の色をしていたことははっきりと覚えている。思わず「ずっと好きでした!」なんて告白しそうになったのだけど思いとどまった。私が五歳のときに見たのとそっくりなら本人であるはずがない。とっくに成人はしているはずだ。彼に年の離れたお兄さんがいれば可能性はあるんだけど。初恋の人のそっくりさん――轟くんのことが気になりながらも、彼はなかなか女子とつるまないので、聞けずにいた。

 クラスの男子が女子の人気投票をしていた、なんて噂をキャッチして怒った女子による男子の評論会が行なわれてたはずなんだけど、話題が飛びに飛び、「この中で付き合うなら誰か」から「彼氏はいるのか、またはいたことがあるのか」から「好みのタイプは」から「初恋の人」にまで話が及んだ。女子の会話は脈絡なさすぎである。

「で、さっきから黙ってるけどなまえちゃんはどうなの!?」
「え、ええ〜?」
「何も今の話をしろって言ってんじゃないんだから! 初恋とか幼稚園のとかそのへんでしょ? 大丈夫大丈夫」

 この話をしたら間違いなく現在に飛び火するから全然大丈夫じゃないんだけどなあ。なんて言えるはずもなく、結局白状する羽目になったのだ。

「私の初恋は五歳くらいの時で、迷子になった時に一緒にお母さんを探してくれた人。見知らぬ土地で怖くて泣いてる時に優しくしてもらって『大きくなったらお兄ちゃんと結婚する!』ってほっぺにキスしたの……」
「情熱的〜〜!!」
「あ〜年上のお兄さん! あるある!!」
「見た目は? 覚えてる?」
「……顔にやけど後のある、髪が赤と白の人」
「それって轟くん?」
「やっぱりそう思う? 初めて見たとき初恋のお兄さんだって思っちゃったんだよね」

 本気なら応援するよ。曖昧に笑って誤魔化すしかできなかった。

 先ほど懐かしい話をしたせいで、昔の記憶を掘り返すことになった。帰り道にある公園が初恋の人と出会った場所に雰囲気が似ていたからかもしれない。私は県外からの進学組なので雄英周辺の公園に見覚えが有るはずないんだけど。考え事をしてながら歩いていると、にわかにあたりが騒がしくなる。はっと意識を取り戻した時には手遅れて、見知らぬ人が走ってこっちにきて、その人とぶつかって私は地面に倒れこんだ。痛い。



「わあああああん」

 何か問題が起きているらしく、騒がしい方へ向かっていると途中の公園で小さな女の子が泣いているのが目に入った。ヴィラン関係の方が気になるのだが、泣いている幼児を放置するのはヒーロー科の生徒としていかがなものかと思われたので、子供は苦手だが頑張って声をかけることにした。

「おい」
「わあああああん」
「どうした。大丈夫か」
「あし……」
「ん?」
「あしがいたい」

 見ると子供の足には血がにじんでいる。コケた際に擦りむいたのだろう。泣いている子供をなだめすかして水道の方へ誘導し、なんとか水で洗うまでに大変な時間がかかった。

「ほら、綺麗になったぞ」
「ううう……」
「もう痛くないはずだ」
「ほんと?」
「バカ触るな」
「うえっ」

 黒目がちで大きな瞳に涙が溜まる。やばいまた泣き出す。なんとかしなくてはと焦っても子供の喜ぶようなものは持っていない。

「あそこの店で好きなもん買ってやるから泣くな」
「いいのー!?」

 途端にぱあっと瞳を輝かせ、笑顔になる。現金なやつで良かった。「お兄ちゃんはやくはやく」と手を引かれ、移動販売の店の方へ向かった。

「いちごあいす!」
「と烏龍茶」
「お兄ちゃんとお出かけ?」
「そんなとこです」

 買い与えたアイスを公園のベンチでほおばっている姿は癒されるものがあった。が、自体は何一つ好転していない。ここにしばらくいるというのにこの子の親は迎えに来ないし、まだ名前も聞いていない。最悪警察まで送り届けなくてはいけないが、果たして言うことを素直に聞いてくれるだろうか。

「うまいか?」
「うん、おいし〜! おにいちゃんありがと」
「焦凍だ」
「しょ、と?」
「俺の名前。お前の名前は?」
「なまえ! みょうじなまえです!」

 ……なんかクラスメイトにそんな名前のやついたなあと思った。同姓同名のやつは初めて見た。もしかしたら親戚なのかと思ってじっとなまえの顔を見るが、駄目だ。子供の顔の識別なんてできねえ。

「なまえはどうしてこんなところにいたんだ?」
「わかんない……」
「まったく?」
「きづいたらここにいたの。みたことないからかえりかたわかんない」
「気付いたら?」
「おかあさんにおこられておうちから出てきたの。おかあさんなまえのこときらいになっちゃったのかも。それですてられちゃったのかも……ぐすっ」

 どうやら地雷を踏んでしまったみたいだった。母親に怒られて感情のまま走っていたら思いのほか遠くまで来てしまったということだろうか。瞬足……というか飯田みてえな個性だったら幼児でもかなり遠くまで来ることは可能だ。見た感じ足にはエンジンついてないが、単純な増強型という可能性もある。原因はなんとなくわかったが、再び泣き出してしまったなまえをどうしたものか考えて、比較的優しい声で話しかける。

「そんなことねえ」
「ほんと?」
「ちゃんとごめんなさいすれば、絶対許してくれるぞ」
「おかあさんすっごくおこってたよ?」
「こどものことを嫌いになる親なんているもんか」

 あるいはそれは願望だったかもしれない。でも優しい嘘というものは時には必要で、なまえには効果てきめんだった。

「うん……ちゃんとごめんなさいする」
「いい子だ」

 よしよし、と頭を撫でてやると、なまえは嬉しそうに笑った。これで解決だ。あとは警察に届けて――

「おにいちゃん」
「なんだ?」
「あのね……」

 なまえが俺の膝に登ってきて、内緒話をするように耳元に口を近づけてくる。

「おにいちゃん、とってもかっこよくてなまえ、おにいちゃんのことすきになっちゃった!」
「お、おう……」
「おおきくなったらなまえがおにいちゃんのおよめさんになってあげるね」

 そのあと直ぐに頬に温かい感触。最近の子どもはませてるな……と思いながら、まあ子どもの夢を壊す必要はない。どうせ成長した頃には覚えてないだろう。そう考えて「楽しみにしてる」と適当に返事をした。

「えっ……」

 するとどうだろう。俺の膝の上にいたのは幼児のみょうじなまえではなくて、俺と同じ制服を着たクラスメイトのみょうじなまえに変わっていた。どういうことかさっぱり分からなかったが顔がやたら近いということはわかった。

「待って、轟くん待って。これは深い理由があるの。本当なの。わざとじゃない、わざとじゃないの!!」
「落ち着け」

 慌てた拍子にみょうじが俺の膝から滑り落ちて地面にしたたかに頭をぶつける。

「大丈夫か?」
「そうか……私の初恋の人って轟くんだったのか……」

 思わず手を差し出したが、彼女は呆然としたまま手を取ろうとしない。しかも打ち所が悪かったらしくみょうじは意味不明なことを呟いていた。ああ、これは大きくなったみょうじなまえを病院に送り届けるまで家に帰れないかもしれない。


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