「なまえちゃんなまえちゃん!」
「トガちゃん」
「えへへ、なまえちゃんです! えいっ」
「挨拶代わりにナイフ刺してくるのやめよう?」
敵連合、なんて恥ずかしい名前の組織で出会った同じくらいの年の女の子。破綻したと形容される性格のように、彼女は現代日本には馴染めない子だった。彼女は彼女で信念がある。間違いだとは思わない。けれどもそれが現代社会では異端なだけだった。
かくいう私もそっち寄りだということに気付いたのは最近のことだ。彼女と違って私は本質を隠し、普通の人間のように振舞うことができた。生まれてから十何年、ずっとそれを続けてきた。だけどいい加減に疲れてしまった。本当の自分を押し殺すのはいつだって苦痛だ。あるがままに生きて何が悪いのだろう?
「でもなまえちゃんなら個性ですぐ治ってしまうでしょう?」
「トガちゃんが血をくれるならね」
「血って私大好きだよ。でもなまえちゃんにならちょっとだけならいいです」
「ん、ありがとう」
がぶりとトガちゃんの首に牙をつきたて、一口だけ血を啜る。生きている人間の血の甘美なことと言ったら、次の一口を抑えるのに理性を総動員しなければならないくらいだった。私の個性は「吸血鬼」。伝承に伝わる吸血鬼っぽいことならなんでもできる。代わりに伝承の弱点もたくさんある。
「トガちゃん」
「なんですか?」
「死柄木くんは爆豪くんがいいって言ったけど、私は違うと思うんだよね」
「欲しい……ううん、好きな人ができたんですか? 恋バナですか?」
「うん、轟焦凍くん」
「お――どこに? どこに惹かれたんですか? 顔?」
「うん、誰かを強く憎んでいる顔」
使えるコマを増やす。相手側にダメージを与えられるならそれで良し。私は例の襲撃作戦に参加しない代わりに先に別の方法を打たせてもらうことにした。もちろん死柄木くんの許可はとってるよ?
今日の私は飲む血の量を調節して、人間寄りの吸血鬼に身体を整えている。摂取する血の量に寄って私の「吸血鬼性」は変動する。多く飲めば飲むほど吸血鬼に近くなり人間社会から外れていく。ターゲットを後方に確認。吸血鬼が日傘もささずに日中歩いていることの危険性は言わずとも分かって貰えるんじゃないだろうか。
「ぁ――」
人間にはたいしたことない、けれど私には灼けるような日光を数分浴びただけでぐらり、と世界が揺れて。目論見通り私はターゲットの目の前で地面に倒れる。ヒーロー志望の子が目の前で倒れた女の子を無視できるはずもない。「大丈夫ですか」と私に駆け寄ってきたターゲットにバレないようにほくそ笑んだ。
「大丈夫です……いつもの、ことなので」
「触っても――起こしても大丈夫ですか」
「はい、あの、日陰に――」
「分かりました」
肩のあたりと膝の下に手を差し込まれ、持ち上げられる。所謂お姫様抱っこというやつだ。見知らぬ女子に平然とお暇様抱っこできてしまうその神経に感動すら覚えた。直射日光を浴びている上に揺れて吐きそうだったが、彼の胸に頭を持たれかけさせ少しでも日光を避けることを行い、また同時にあざとさを演出してみた。寝ころべそうな綺麗な芝生の上にちょうど木陰があり、そこに私は寝かせられた。
「あ、りがとう……ございます……」
「持病ですか」
「個性の、関係、で」
「個性?」
日陰に入ったことで体調は急激に良くなったが、ここはまだ病弱な女子の演技をしておこう。
「私の個性、吸血、で。定期的に人間の血を吸わなきゃダメなんです……」
「ああ」
「なかなか言いづらくて。普段は血の代わりにトマトジュースとか薬で代用してるんですけど、今日寝坊しちゃって……すいません」
「それで血液不足で倒れた?」
「はい……普通の人間で言う食事抜きみたいな状態と思っていただければ。だから軽い貧血だと思います」
「そうか」
何を思ったのかターゲット――轟焦凍はすっと立ち上がった。ここで去られては困る。焦った私が身を起こそうとすると「大丈夫だ、すぐ戻る」と視線で私を制してきた。この細やかな気遣い。是非とも見方に欲しい。うちの連中は強いんだけど基本的に個人主義だし、自分勝手な行動する輩が多いんだもの。一人でもこんな人がいたら少しはましになるはず。
「飲めるか?」
「これ……」
「トマトジュースだ。それを飲めばマシになるんだろ?」
「はい! 何から何まですいません。学校も……遅刻でしょうし……」
「連絡はしている。必要なら病院まで送るが」
「いいえ、そこまでして頂かなくても大丈夫です。これを飲めば一人で動けるようになります」
「そうか。それじゃ」
「待ってください!!」
ここまでは目論見通り。だけどダメだ。これじゃ彼の中でただの人助けで終わってしまう。数こなしたものの中に埋没してしまう。だから私はそれ以上の切っ掛けを作って彼の中に刻み込まれなければならないのだ。
「あのお礼を、」
「必要ない」
「じゃあお名前だけでも」
「……轟焦凍」
「轟、くん」
目で肯定をして、彼は私の前から去っていった。
「うううううう」
雄英高校の校門前。以前轟焦凍と会った時に着ていた有名私立の制服を着て私は彼が出てくるのを待っていた。ちなみにこれは裏ルートで入手した制服だ。雄英ほどではないにしても、学生のうちは通っている学校のブランドは割とモノを言うからしっかりしたものを見つけたつもりだ。吸血鬼性を調整したとは言っても今日も彼の前で倒れなくてはいけないので日差しは少し辛い。内通者の存在によりヒーロー科がいつ終わるかはわかっていたので、時間の少し前に日陰から出て、さも長時間待っていましたという風に演技をする。
「お前、」
「と、轟くん……!」
声をかけられて顔をあげる。さすがに数日前にあった顔を忘れることはなかったようで安心した。
「なんでここに」
「あの、制服で雄英だとわかったのでどうしてもお礼を言いたくてここで待ってたんです。……迷惑でしたか?」
ちら、と見上げれば彼は無表情。感情は読めない。体育祭で見せたあの感情の発露はどこへ行ったのだろう。
(まあいい、けど)
憎しみは抑えれば抑えるだけ凶暴性が増す。飲み込んで隠して、爆発させればいい。そのために私はあなたを一番理解してあげるし、理解したあとで噛み付いて眷属にしてあげる。貴方はいつか身も心も敵に染まるのだ。
「あのこれ、お菓子です。手作りじゃなくて、ちゃんとしたお店で買ったものなので大丈夫です! 甘いもの嫌いじゃなかった……ぁ、」
「大丈夫か」
「すいません……また」
「この先少しいったところに公園がある。そこに座ろう」
くらりとよろめいた私を彼は支えてくれた。触れた部分が随分暑く感じたのは、きっと気のせいだと思う。
「お礼をしに来たのにまた迷惑をかけてすいません……」
「血が足りないから倒れるのか」
「そうなんです。両親はたまにくれるんですけど、献血みたいなもので、あまり頻繁に貰うと倒れちゃうし……友達は、私の吸血行為を気味悪がって一度も出来たことないんです。だから、個性を話しても優しくしてくれた轟くんのことがどうしても忘れられなくて」
両親のところは嘘。友達のところは本当。トガちゃん以外に友達なんて出来たことない。私にとって吸血はみんなが食事をするのと同じ行為で、みんなだって自分が生きるために動物の死体を貪っているのになんで私が血を飲むことを気味悪がるんだろう? 私だって望んでこの個性に生まれたわけじゃない。仕方なく生まれてきたのだ。画一的に抑制されて押し込められたこの社会で異端児は生きにくい。個性は体の一部だ。身体機能だ。当たり前のように使用されることを体は望んでいる。なのに社会にそぐわないからといって私だけが排除されるのは何故? 自分を押し殺して苦しんでまで、社会になじまないといけないのは何故? ねえ、そんな生に意味はあるの?
「優しくしてもらったの、初めてだったんです……」
だから私は彼を騙す。私にとって住みやすい社会にするために。そのための革命のために彼の首筋に噛み付いて、血を吸って、眷属にする。吸血鬼の個性の私ならできるはず。意思のない人形を作るのだ。
「そうか」
「……」
「……なあ、よければなんだが」
俺の血を吸うか、と轟焦凍は言った。
計算通りだった。何かに対する憎しみで染まっているはずなのに、どこまでも彼の心は善で、無条件に優しくて、だから私の心を狂わせる。優しくしてもらったのは初めてなんだよ。それは嘘じゃない。優しくされることってこんなにも嬉しいことだったんだ。知らなかった。だからこんな計画を実行しちゃったんだ。
「私、は――」
彼の首筋に噛み付いて牙を突き立てたい。だけど、そうした瞬間から私に優しくしてくれた轟焦凍はいなくなる。操り人形じゃなくて、ありのままの貴方の心が欲しい。嗚呼、生まれた時からの化物は、当たり前の幸福すら願えないのだろうか。
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