※タクカム前提、ヒナオボ要素も若干あります。
タクミ様が結婚したのは、カムイ様が帰ってきてから一年と少し経った頃、暗夜との戦争の最中だった。
これがもし他の方との結婚だったのならば、私は素直に受け入れることができていただろう。だけど、相手がカムイ様ということでどうしても受け入れることができなかった。ずるい、という感情が先立ってしまうのだ。姉姫という立場で近づいてきて、実は血が繋がっていないから結婚できるなんて、そんなのずるい。私のように、オボロのように、ずっとずっとタクミ様を慕い続けてきた娘の気持ちはどうなってしまうの。
私はタクミ隊と呼ばれる弓兵の一人だった。白夜の王族の軍隊は少し特殊で、王族一人に直臣二人が率いる軍隊が三つあって、それら三つをまとめて王族の名を冠した隊になっているのだ。タクミ隊はタクミ様率いる弓兵、オボロ様率いる薙刀を中心とした兵、ヒナタ様率いる侍たちがいる部隊だった。バランスの良い兵種に優れた連携で戦場では無敵だった。私は弓兵の中から腕を買われ、タクミ様のすぐそばで戦う栄誉を許されていた。オボロ様やヒナタ様のような直臣ではないけれど、あまり身分の高くない家の者にとっては栄誉なことだった。白夜は、王族の血筋こそ尊ぶけれど、同時に実力を重んじていて、腕さえ磨けば上り詰めることができたのだ。まだ年若いタクミ様の部隊はそれが顕著で、戦争で親を亡くしたオボロ様のように、身寄りのないものから多く選出されていて、それがタクミ様を慕う人を多く作っていたのだ。
タクミ様は国中の弓を扱うものの中で憧れの存在だった。放つ弓は百発百中。神器の継承者。つがえてから放つ一連までの動作は、なるほど風神の名にふさわしい。私もそれなりに弓は扱えるほうだと思うけれど、タクミ様の放つ矢の軌跡は戦場でも見惚れてしまうほどだった。
「君の放つ矢は綺麗だね」
「そんな、タクミ様に比べたら私なんてまだまだです」
「謙遜なんてしなくていい。君のその腕は誇ってもいい」
射場にて、たくさんの兵がいる中で私に目を止めてかけて貰った言葉は一生の宝物だった。一見不愛想に見えるけれど、私たち臣下を家族のように大切に思ってくださっているタクミ様。死が当たり前の戦場の中で、少しでも犠牲を減らそうと尽力してくださっているタクミ様。先陣をきり、敵を撃ち落とし、味方の援護射撃までしてくださるこの年若い主。この命を懸けても惜しくない、むしろ本望だと思うくらいに私は心酔していた。
「――私が、ですか」
「ああ、キサラギの教育係を頼めたらと思って。ヒナタとオボロの息子が真面目でキサラギのことを面倒見ようとしてくれているんだが、彼もまだ軍に来たばかりだろう? それに両親と離れて暮らしていたんだ、あまりキサラギばかりに構って家族との時間を失うのもよくない」
今は戦争中なんだし、とタクミ様は言う。その言葉の後に「いつ会えなくなってしまうかわからない」という真意が透けて見えた。義理の母とはいえ、母と慕っていたミコト様を突然なくした身の上を思えば納得できることだった。
「それは分かっております。ですが私では分不相応で――」
「どうして? なまえの弓の腕前も、努力家なところも、面倒見がいいところもすべて僕は知っているよ。他の仲間によく稽古をつけてやったりね。だから僕は君に大事な息子を任せることにしたんだけど?」
「タクミ様……」
「もっと自信を持ちなよ。自信がないのがなまえの唯一の欠点だ」
「はい」
タクミ様にああまで言われたら引き受けるしかない、と思った。結婚した後も私はタクミ様が好きなようだった。これは主君として敬愛しているのか、少女のほのかな憧れなのか、本当に好きなのか、それらすべてが混ざった結果なのかわからないけれど、私の恋心は消えぬまま大きくなってしまったようだった。だからこそタクミ様の幼少期にそっくりな顔立ちで、髪の色だけは違うキサラギ様を近くで見るのが嫌だったのだ。
「失礼します。今日からキサラギ様の世話を仰せつかったなまえと申します」
「わあ! あなたがなまえだね! 母様や父様がほめていたから気になっていたんだ。ねえ、僕と弓の勝負しようよ」
屈託のない笑顔は、幼少期に父を亡くし、兄と姉は攫われた妹のことに夢中で、周囲の大人たちは国を支えるのに精いっぱいで寂しい幼少期を過ごされたタクミ様にはないものだったが、もし白夜が平和な時代だったら、タクミ様はこのような笑顔を浮かべていたのだろうと思わせるものだった。進軍中、何度も夜中に窓辺に立たれて黄昏ていたタクミ様。お声をかけると泣き崩れていたタクミ様。私はなぜタクミ様が泣いていたのかは知らない。急に母を失ったこと、兄弟と離れ離れになったこと、敵国からやってきて母を殺した姉を信用していいのかいけないのか。王子としての責任、命を預かることの重さ。小さな小さなお体にタクミ様はそれらすべてを背負っておられた。泣き崩れるタクミ様を抱きすくめてお慰めして寝かしつけた後、私は主の幸せを願わずにはいられなかった。だから私は決意した。タクミ様が私の主であることには変わりないけれど、今日からはキサラギ様を主として誠心誠意お仕えしようと。私では差し上げることのできなかった幸せを、息子であるキサラギ様にはせめて感じて頂こうと、そうすることが、この恋心の救済になると私は信じたのだった。
「ねえなまえ、なまえって父様のこと好きでしょ」
「え?」
「隠さなくてもいいよ。誰にも言わないし。なまえのことずっと見てたからわかるよ」
キサラギ様にお仕えしてはや数年。その間に戦争は終わり、白夜は平和を取り戻していた。長兄のリョウマ様が国王になり、他のご兄弟たちも国王を支え仲良く暮らしている。どうしてもだらしのない生活を送ってしまうキサラギ様に王族としての責任感を教えるため、ヒサメさんと奔走していたところだった。いつものように森へと狩りにでかけていたキサラギ様から突然言われたのだった。
「そんなこと、ありません」
「嘘つかないでいいって」
「嘘じゃありません」
「勉強は苦手だけど好きな人の好きな人くらい、僕にだってわかるよ」
じっと私を見つめる瞳は真剣で、キサラギ様が嘘をついていないことが分かる。こうして真面目な顔をしているとキサラギ様はより一層タクミ様に似ていらして、戦争中、私が恋い慕ったタクミ様の面影を見てしまって胸が苦しくなった。
「今、なんて?」
「僕は君が好きだって言ったんだよ、なまえ」
ああ、この言葉がタクミ様のものだったらどんなに良かっただろう。少年だったタクミ様の面影に先ほどのキサラギ様からの言葉を言わせて、高鳴った胸に私は泣きそうな笑みを浮かべた。
/冬原さんへ
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