私の母は大層美しい人だった。その美貌と演技力で女優として名を馳せ、富も名誉も欲しいままにしていた。それは彼女の努力のおかげもあるのだろうが、個性で他人の心を読むことができたのも大きいだろう。読心の個性を使えば細かい心情まで読み取れて、オフにしていても色のついたオーラでどのような心情かは読み取ることが出来るというもの。笑顔で好意的に接してくれていてもその実自分の事を妬ましく思っている。お互いに嫌い合っているのにメディアのイメージのために無二の親友のように振る舞う、醜い世界に母は辟易していた。
私の父は醜い人だった。誰もが嫌悪するような醜悪な異形の見た目になる個性だったそうだ。見た目がグロテスクなだけで、心根は誰よりも美しい人だったと言う。妬みに嫉みに陰口からの蹴落とし合い。ドロドロとしていた世界に嫌気が差していた母は父と結婚した。美しい人が醜い化物を愛した美談の裏に生まれた悲劇、それが私だった。
私ことみょうじなまえは女優の母の美貌を受け継ぎ、愛らしい女の子だった。周りの反応からも、鏡で確認してもそれはわかっていたし、将来は母と同じ女優の道を歩むつもりで子役として活躍していた。その夢が敗れたのは五歳になる前だ。
「あ、あ、あ、 あああああああっっ!!!!」
個性の発現は四歳まで。ということは五歳になる前まではなんとかチャンスがあるはず。私はまだ個性が発現していなくて、母にそっくりな容姿を持っていたことから母の個性を引き継ぐのだろうと思っていた。芸能界を生き抜いていく為には相手の心を読むことができるものは便利だろうな、と考えていたのだった。
ところがどうだろう。引き継いだのは父親の個性。鏡に映るのは愛らしい女の子ではなく、醜悪な異形の化物。母は父を愛したが、世の中の人々は父を愛さなかった。美しい人を攫った怪物として父を責め立て自殺に追い込んでいた。だから私には父の記憶が殆ど無い。醜い化物から生まれた意識がまるでなかった。美しい母、そして美しい母の友人たちに囲まれて育った私の世界は綺麗なものしかなかった。醜いものに対する耐性が全くなかったのだ。だから、目の前の化物が嫌で嫌で仕方なかった。
クラスで一番足が早く、やんちゃで乱暴で、愛くるしい顔をした男の子は私のことが大好きだった。「なまえちゃん、大きくなったら俺と結婚するよな」なんてプロポーズまでされていた。醜い異形に変質した翌日、泣き腫らした顔で登校した私を彼は、「寄るな、化物!」と疎外したのだった。彼の隣にクラスで二番目に可愛い女の子が収まった。二番目と言っても、あまりに差が開きすぎていて私が歯牙にもかけていなかった女の子だった。私は自分が見下していたものより下の位置になったのだと、本能で理解した。
時は超人社会で、異形のものに寛容だとは言えどもそれは見た目にふさわしい何か特別な能力があるからである。ただ醜いだけの化物は愛でる利点など何もない。わかっている。けれども、誰からも愛される天使のような女の子の座から、世の中の最底辺に引き摺り下ろされたのは苦痛でしかなかった。でも仕方のないことだと思う。私ですら私のこの顔を愛することができないのに、赤の他人がどうして化物を愛してくれることができよう?
「あの人、かっこいいね」
「プロヒーローの息子なんだって」
私が中学生になったとき。クラスに大層美しい男の子がいた。他の人より少しばかり違うような人ではなくて、それこそ私が過去に属していた芸能界で見た男の子が成長した姿の様な、眩いばかりの男の子だった。彼は二色の色を持つ変わった容姿を持つ――つまりは私と同じ異形の筈なのに皆に受け入れられていた。
(ずるい――)
轟焦凍はドラマの主人公のような少年だった。美しく、賢く、身体能力にも優れ、父はナンバーツーとは言えども国民がみな憧れるプロヒーロー。そして極めつけに、個性重視となった世の中でも強く希少な個性を持つ。
世の中は大きく二つにわけられる。凡人とそうではない人。良くも悪くも凡人の枠から出てしまえば平穏は失うのだ。かつて私は恵まれた方の人種だった。与えられていたものを失っただけでも辛いのに、なぜ、過去の自分のようにすべてを与えられた男の子を見つめなければならないのだろうか?
「おい」
「…………」
「おい、聞こえてねぇのか。落としたぞ」
私の心をかき乱す男の子、轟焦凍。美しいひとと醜い怪物のヒエラルキーは開きがありすぎて会話をすることすらなかったのになぜ私は今話しかけられているのだろう? 宝石のようにきらめく瞳で見つめられているの?
「聞こえてはいるけど」
「……なら、返事をしてくれ」
「駄目よ」
「どうしてだ」
「私みたいな怪物と話したら貴方まで仲間はずれにされちゃうかもよ?」
別にそれが苦ではないのだろうことは知っていた。彼はクラスメイトなんて見ていない。学校なんて小さな枠組みなんて飛び越えて、もっと先、ヒーローへの道を見ている。だから別に学校という檻の中のヒエラルキーがどのように変動しようとも構わないはずだ。彼の特別性はそんなことでは揺らがない。心はここにないから、凡人の枠からぬけられない女の子たちは彼の心を掴もうと必死になっている。その争いに、かつての私なら参加して毎日心を悩ませていた事だろう。どのように組みすれば良いか母から受け継いだ、母よりは弱いけれどほんのりとした色合いで相手の心を知ることができる個性を使って。
そう、父親の個性だけかと思っていたが、私にも母の個性が遺伝していたのだった。醜い怪物が美しいひとから生まれたことを証明する個性だ。両親の個性が混ざって遺伝する個性を複合個性という。目の前の少年も複合個性だし、別段珍しいわけではないが、心を読める化物なんて存在しないほうがいい。負の感情しか向けられないなら読めないほうがいい。愛想笑いをして優しくしてくれる人が、クラスの誰よりも私を嫌悪し、馬鹿にし、嘲笑しているなんてことは知らないほうが幸せなのだ。個性は人々の生活を便利にしたという。個性社会になり無個性差別が生まれ、無個性と言うだけで劣性のレッテルを貼られてしまうけれど、私はこんな個性ならばないほうが良かった。同じく社会の枠組みから外されるのならば美しく、かよわく、守られ愛されるだけの女の子でいたかった!
「くだらねぇ」
あなたにとってはそうでしょうね、と思った。どう足掻いても恵まれた立場にいる人には弱者の気持ちなんてわからないんだわ。
「誰かを追い詰めたりするやつより、よっぽどいいぞ」
その言葉は事実だとわかった。わかってしまった。彼が私の見た目をなんとも思っていないこと。深い闇を抱えていること。その闇にとらわれて苦しんでいる、だから私のことだってどうでもいいこと。分かったうえで私は惹かれてしまった。表面は綺麗でも裏側はグロテスクな月のようなこの男の子に。
轟くんを追いかけて私は雄英高校普通科へ入学した。ヒーローにはなれないしなるつもりもないけれど、憧れの人を追いかけるくらいは許されると思ったのだ。
そう、物語の主役から落っこちた私は見つめるだけだった。これから頭も個性も身体能力も優秀な女の子と轟くんの物語を見つめるだけだとわかっていても追いかけずにはいられなかった。だって彼も同じなんだもの。美しさと醜さを合わせ持つ、そんな生き物。同じものに――同族に惹かれないわけないでしょう?
彼を見つめ続けてきた私は、体育祭から急に彼の闇が薄くなってきたことに気付いてしまった。前より笑うようになったこと。それが偽物でないこと。月の裏側のようにグロテスクなそれが晴れてしまったら、私は彼を思い続けることすらできない?
「好きです」
「お、おお、」
「好きです、轟くん。覚えてないかもしれないけど、同じ中学で、私のこの外見に心のそこから嫌な顔せずに応じてくれた人初めてで、その時からずっと好きだったの」
どうか受け入れて、と思った。ヒロインの座から転落してしまった私を、どうかもう一度物語のヒロインにして、と浅ましい願いを抱いたことが伝わったのかもしれない。
「わりぃ」
「え、」
「お前のことがどうって言う訳じゃねぇ。ただ、今は、家族のこととかそういうのでいっぱいで考えられねぇ」
その言葉は嘘ではないとわかった。憎いこの個性で、解ってしまった。
「そう……ごめんね、大事な時期に煩わせて」
良くも悪くも、私じゃ彼の物語に入り込むことすら出来ないってことが。
絶望した時、私は思わないで入られないのだ。母のように美しい人であったなら、また違ったのかな、と。それは個性という呪い。私にかけられた、解けることのない美と醜の、呪い。
ethica
|
|