その日の俺は最高に機嫌が悪かった。元より目付きも態度も悪い方だという自覚はあるが、その日の俺は最高に凶悪な顔をしていたという自信はある。あまりにもイライラしていて、けれども真っ直ぐ家に帰る気にもなれず、ただ宛もなく街中を彷徨っていた最中に、ふと一軒の店が気になった。ペットショップである。動物は好きでも嫌いでもない。ただ、その日ばかりは精神がやられていて、無意識に癒やしを求めたのか吸い込まれていった。

「いらっしゃいませ〜」

 店内には犬とか猫とか、ペットとして一般的だと判断される動物たちがガラスケースの中にいた。犬か猫かと言われれば、断然犬派だ。気紛れな猫よりも従順な犬。賢くて大きい方が好ましい。そう、例えば警察犬に多い――等と考えながら歩いていると、ドン、と何かがぶつかる音がした。動物虐待か、と音のした方に視線をやれば、もふもふの仔犬がガラスに激突しただけだった。ドジなやつだ。そのまま歩き去ろうとしたらまたそのもふもふがガラスに激突した。

(まさか) 

 ドン、ドン、とそれは続く。そして仔犬の視線の先にいるのは間違いなく俺である。店員だけでなく、近くにいた客も気付くレベルで仔犬は俺にアピールしていた。まんまるな目が、キラキラと輝いてこちらを見つめているような気がした。ガキの頃の自分が、オールマイトを見つめるような瞳のように思えた。
 人の悪意には慣れていた。正負どちらでも他人からの評価や感情も俺は受け流す事ができた。アンチとフォロワーしかいないと言われるくらい、俺の評価はぱっくり割れて中間層がいないのだ。普段だったら気にしない行為だったけれど、思ったより心が弱っていた俺に他人――その仔犬の感情は刺さったらしい。気付けば店員に声をかけ、その仔犬を手元に抱いていた。

 プロヒーローになってから数年、貯め続けていた貯金を惜しげもなく開放して必要な一式を買って帰宅していた。生命には責任が伴う。一日の長い間をそばにいてやることもできない状態だったならば、俺は飼うのを躊躇っただろう。けれども俺にはたくさんの時間があるのだ。その子犬が一人で留守番できるくらい成長するまで付き合える時間が。それに、最悪、両親の元に預ければいい。

「俺のこと好きだなんて、見る目がねぇな」
「クゥン?」

 家につれて帰るためにケージの中に入れられた、俺の好みの賢い警察犬ではなく、もふもふのポメラニアンの仔犬は無垢な瞳で俺を見上げていた。怪我をして、そのせいでヒーローを一時的に休まないといけないことになって、普段だったら刺さりもしない世間からの評価がグサグサ刺さって荒れていた俺の心は、その犬の瞳で少しだけ癒やされたのである。

「ん……?」

 ある朝、人肌の不快感を感じて、目が覚めた。ぼんやりとした目が自身の腕の中に人影を捉えると、一気に警戒モードに入る。

(何だコイツは。――敵か?)

 ゴールデンエイジと呼ばれている同世代のヒーローの中で、特に優れた検挙率を出している俺に恨みを持つやつは、それこそ星の数ほどいる。しかし、間抜け面をした全裸の、しかも幼児を刺客に送ってくるのは一体どうしたことだろうか。起こさないように静かに腕を引き抜いて距離を取ったあと、思考を始める。
 昨日、寝る前に俺が行った行動は、ペットのなまえがキュンキュン鳴いて喧しいから、一緒にベッドで寝てやった事だけだ。

(そう言えば、なまえは?)

 犬だからドア開けは出来ない筈だ。しかし軽く確認する限り、部屋の中になまえはいない。この敵モドキがなまえを処分した?
 掌を謎の少女に向けていつでも攻撃できるように備えていると、やっとその謎の少女が目を覚ました。呑気なものである。

「ご主人、おはよう……ごはんは?」
「…………は?」

 ご主人? そんな呼ばれ方をする理由も性癖もない。そもそも小学生になるかならないかの年齢の女に興味はない。

「なまえのご飯は? なまえ、お腹空いたよう」
「っざけんな、なまえは俺の犬の名前だ」
「? だからなまえのことだよね?」
「もふもふのポメラニアンのなまえだ! アイツをどこにやった!」
「なまえここにいるよう」

 いやお前どう見ても人間、と言いかけたところで気付いた。謎の少女の髪の色は、なまえの毛並みと同じである。そしてなまえの年齢は、見た目で判断すると四歳か五歳といったところだ。俺の高校の校長は個性を持った動物で、個性が発現するのは人間で言うと四歳までで……。

「……お前、なまえなんか」
「そうだよー! ねえ、ごはんごはん!」

 二十代前半の男が、このくらいの年齢の女児と一緒に住んでいるのは、若くして妻に逃げられた(もしくは死に別れた)父親に見えやしないだろうか。自分で言うのもなんだが、俺は世間からの評価は頗る悪いので、怪我が治ってヒーローに復帰したときのことを考えると気が重くなったのであった。

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