これを運命じゃなく何と呼ぶんだろう。
 その日は特にイーター被害もなく、パトロールからも外れていて、平和な日だった。けれども僕には決戦の日であった。何故なら今プレイしているソーシャルゲーム・ワールドエンドヒロインズの、推しの期間限定ガチャ最終日だったからだ。コンビニで魔法のカードを買ってチャージして爆死。そのあと必死に石を集めて回して敗退。これを逃すといつ復刻するか分からない。ガチャとは悪しき文明である。回せど回せど確率は変わらず、天井は存在せず、空は遠く、青いままだ。けれどここまでつぎ込んだのだから成果を上げねば撤退できないという人間の心理に付け込んだ狡猾さ。けれども愚かな人類は、なけなしのお小遣いから最後の10連に臨むのであった。
「よし……っ!」
「あの、落としましたよ」
 ガチャの宗派は数あれど、僕はネコチャン・ワンチャンの肉球に頼ったりせず触媒も信じたりせず、ケイデンスをあげるタイプであった。「ワンチャンあるって、犬だけにw」というSNSのクソ発言を見てから信じられなくなったのだった。物欲センサーの存在は信じている……というか指揮官さんや頼城さんによって高レアを引いてもらったことがあるので確信しているのだけれど、自分で引くときはもうケイデンスをあげるしかない。気合十分、けれどまだ決意が足りない時に、横から声をかけられた。集中しているときに不意打ちをされて誤タップにより回りだすガチャ。最後の10連。おお、神よ。一体僕が何をしたというのですか。チートスキルは僕が欲したものではありません。ズルをしないように、清く正しく真面目に生きている僕に、いったいなぜこんな試練を? 平凡な僕には乗り越えられない、誰か主人公属性の人に横流ししてください。お願いだから。
「ひえっ」
 声をかけた相手は誰だと振り向くと、現実に推しが存在して、思わず変な声を上げてしまった。
 あ、ありのまま今起こったことを話すよ……「僕は推しの出るガチャを回そうとしたら、現実に推しが存在していた」。何を言ってるか分かんないと思うけど、僕にも何が起きているのかさっぱり分からない。頭がどうにかなりそうだった。これは妄想とか末期症状とかそんなありきたりなものでは断じてない。僕のチートスキルよりもっと恐ろしいものの片鱗を味わってしまった。
「あ、ごめんなさい。驚かすつもりはなかったんですけど、ポケットから落ちたのが見えて……」
「あっ! 自転車の鍵! よかった、もう予備の鍵もなかったんです」
「お役に立てたのならよかったです。では」
「あっ」
 平凡で、女の子と関わることのない僕はうまくしゃべることができなくて。連絡先はおろか名前を聞くこともできずに彼女は去っていった。キャパシティの限界を超えたせいで脳がフリーズし、呆然と彼女を見送った。我に返ってスマホを見ると、欲しかった推しのSSRをまさかの2枚抜きしていたので、その日から僕は触媒教に入信することにした。

「最近久森くんなんかおかしくない?」
 現実に存在する推しにあってから、伊勢崎さんに言われるくらい僕の心はここに存在していなかった。伊勢崎さんのことを馬鹿にしているわけではないけど(確かに学力は矢後さんの次に悪いけれど)、彼と僕はあまりにも住む世界が違うし、認可校のヒーローという接点がなければ一生話すこともなかっただろう。人懐っこい彼から一人だけ名字にくん付けなところから察して欲しい。とまあ、接点がほぼない人にもわかるくらい僕の様子がおかしいのだけ分かって頂けたらいい。
 例の彼女に心を奪われて生活に支障がでている。この症状を僕はよく知っている。推しに狂ったオタクや恋は盲目状態になったリア充が罹る、恋の病だ。まさか僕が、と一番僕が思っている。彼女の着ていた制服は、見覚えはあるんだけれどどこの学校かわからないというお手上げ状態だ。最寄りのコンビニで出会ったのだから、家か学校が近いのは間違いないと思うんだけど。
 神様は僕にチートスキルを与え、そしてヒーローとしての武器を糸にした。運命の赤い糸を結ぶこともできない能力、必要なくない? 
「久森さん、久森さん!」
「慎くん。どうしたの?」
「えっと、僕たち今日パトロールなので……」
「ああそっか。うん。すぐ準備するよ」
恋に恋して人間生活がまともに送れなくなっても、それでも仕事は回ってくる。さすがにパトロールの時にボーっとしているのは命に関わるため、真剣に取り組もう。

「久森さん、何か悩み事でもあるんですか?」
「え?」
 武居さんと倫理くんが少し離れたところでギャアギャアと言い争っている。すぐにおちょくる倫理くんと真面目で切れやすい武居さんの相性は、けしてよくない。その二人の仲裁に入らず、僕の方にいるのだから、どれだけ周囲に心配をかけているのだろうか。
「いや、大したことじゃないんだけど」
「でも、最近ぼーっとしてることも多いですし、ため息も結構ついてますし……僕じゃ力不足かもしれませんけど、話聞くくらいならできますよ!」
 慎くんは、いい子だ。このまま一人で抱えていても解決できるわけではないし、言葉に出したらすっきりするかもしれない。そう考えて話そうとした瞬間だった。アナウンスが緊急避難指示をだした。住民の避難は概ね完了。僕たちの出番というわけだ。皆の表情が一瞬で緊迫感を帯びたものになって、指示された場所へと駆けていく。
「あ、あそこ……!」
「チイッ、逃げ遅れたのか!」
 視界の端に映ったのは、小さい子供を抱きかかえて庇っている少女の姿。その彼女の背中には、今にもイーターが襲い掛かろうとしている。
(あ、あの子)
 遠くからでも見間違えるはずがない。見覚えがある、どころではなく、画面越しに毎日見ている姿だった。自分の武器が遠距離攻撃ができるものでよかったな、とこの時ばかりは思う。糸を伸ばしてイーターを拘束する。すんでのところで振り上げた手が止まって。
「武居さん!」
「おう! あとは任せた!」
 そのまま武居さんが大剣でイーターを貫いて、倒した。今回のメンバーはバランスが悪く、中・遠距離が多い。武居さんがヘイトを集めるしかないので、彼は救護者を置いて次のイーターのところへ走っていった。ナイフとドローンで応戦しているほかの二人。騒がしいはずなのに、なぜか僕はその喧騒が遠くに聞こえた。
「大丈夫、ですか?」
「はい……あなたのお陰で」
 恋焦がれていた女の子。落とし物を拾ってくれた女の子。戦えないのに、小さい子供を庇う優しい女の子。彼女と再び出会えたことを、これを運命じゃなく何と呼ぶんだろう。
「ここは危ないですから、近くのシェルターまで送ります。歩けますか?」
「……恥ずかしいんですけど、腰が抜けちゃったみたいで、ちょっと」
「じゃあ、これで」
 僕は金の糸を展開して彼女を持ち上げた。運命の糸に絡めとられたのは、僕と彼女、一体どっちなんだろう。


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