※久森くんが学生寮に入ってるという情報が出る前に書いた話なのでワンルーム一人暮らし設定になってます
風雲児の人たちとはあまり話すことはないのだけれど、ちょっとしたきっかけで僕が一人暮らしだと言うことが知られたとき「ええっ! 一人暮らし! 彼女連れ込んでヤりたい放題じゃないですか!」という反応を貰ったことがある。そりゃエロ本の隠し場所に匹敵するくらいラブホの確保は男子高校生にとっては大事な問題の一つにはなるだろうけれど、僕は住んでいる家をラブホ代わりにしたことはない。僕みたいに平凡な人間はキラキラした人間と違って彼女がいない――のが普通だろうけど、何の奇跡か僕に彼女がいた。そして一人暮らしのワンルームをラブホ扱いする代わりに、恋人を監禁している。
「なんか最近付けられてるっぽいんだよね」
いつもの夕方。学校が終わって、帰宅部の僕はさっさと家に帰る。高校に入ってからはなるべく生徒たちに見つからないように、帰宅のスピードがますます上がってしまった。風雲児の近くの学校に通っている彼女は、友人と遊ばない時だけ気紛れに僕の家にやってくる。家に来たからって別にすることは何もない。だらだらとお菓子をつまんでそれぞれの学校の話をしたり、宿題をしたり、僕の持っているゲームで対戦したりする。恋人同士というよりは、気心の知れた友人同士という距離感である。
「ええっ、それ本当?」
「いつも見られている感じがするの最初は気のせいだと思ってたんだけどさ、バイト先の人に『あの人こっちのほうずっと見てない?』って言われたの。そしたら他の人たちも『あの人先週もいたよね』『ずっとみょうじちゃんのこと見てる』って言いだして」
世間話のような、なんでもない感じで彼女は話題を振ってきたけれど、声が震えていることに気付いた。僕の方を見ずに話しているのも怯えている顔を見られたくないからだろう。素直に甘えればいいのにできない彼女がいじらしく、同時に可哀想でもあった。
僕は高校生にしては珍しい一人暮らしだけれど、彼女も一人暮らしである。みょうじさんの家は両親が離婚していて、それぞれ再婚をしているが、再婚した家族がどちらも彼女を目の敵にするので両親と一緒に暮らせないらしい。自分と新しい家族が大事だからって、自分の子供を一人で放り出すのはどうかと思う……という僕の感想はさておいて。そういう環境であるから彼女は他人に上手に甘えられないのだった。だから僕の家で寛いでくれるのもすごく嬉しいし、甘えるのが得意ではない彼女が頼ってくれるのも嬉しかった。
それに、頼れる大人がいないという点では同じだが、僕たちには男女と云う性差がある。僕だって大して力が強いほうじゃないし、格闘技もやっていなかったから喧嘩に自信があるわけでもないが、掴まれたときに振り払うことならできる。男に対して武器を持っていてやっと同等な彼女とは違う。仮にも恋人が困ってるんだし、助けるのは当然だろう。
「じゃ、じゃあみょうじさんが良ければなんだけど。その、僕の家に、泊まる……?」
「いいの?」
お互い一人暮らしだけれど、今まで泊まることはなかった。それは高校生だから節度あるお付き合いを、とかではなくて単に気恥ずかしかっただけなのだ。恋人同士の男女が互いの家に泊まってしまったら、その先を想像してしまうから。でも今はそんなことは言っていられない状況だ。
「もちろん! 大したもてなしはできないけど、それでも良かったら」
「そんなことない! 一緒にいてくれるだけで心強いよ」
勢いよく身を乗り出して、至近距離に顔が近づいて来る。近くで見る彼女の瞳は少し潤んでいて、僕はドキッとした。真っ赤になった僕の顔を見て今どんな状況なのか彼女も察したのだろう。二人とも真っ赤になって、気まずい空気が流れた。
「久森く〜ん、これ盛りつけたいんだけどお皿ってどこにあるかな?」
「あ、僕が出すよ」
「ありがとう」
「いや、ご飯作って貰ってるんだしこれくらい……」
「それを言うと私は泊めて貰ってるんだからね」
僕は一人暮らしだけれど、家事のスキルはそんなに高くない。稀に気が向いて――否、ガチャの引きが悪くて食費に手を付けてしまった結果、コンビニでご飯を買えなくなった時に節約で自炊をするくらいだ。その時に主に使うのはもやし。貧乏学生の限界メシの強い味方である……と、こういう状態だから当然冷蔵庫に食材が入っているわけがなく、冷蔵庫の中を見た彼女が呆れて晩ご飯を作ってくれることになったのだ。二人で並んでスーパーに買い出しに行くのはハーレムものの主人公みたいである。
「もう堂々巡りだから、この話はやめようか……」
「そうだね。はい、できたよ〜」
「わああ、美味しそう……!」
彼女が作ってくれたのはハンバーグ。周囲に無粋な男が絶対に作らないけれど食べ盛りな少年に嫌いな人なんていない鉄板メニューだった。温野菜(洗うだけのレタスじゃない! 断言してもいい、僕ならレタスすら付けない)がついていることで彩も鮮やかで、肉汁がぎゅっと詰まっていて、これを、これを口に入れたらどうなるんだろう……。
「多めに作ったからお弁当に入れてあげるね」
「えっ、お弁当まで!? そこまでして貰っちゃっていいのかな……明日不幸が起きそう」
「大げさだって」
「大げさじゃないよ……手料理なんていつぶりだろう」
「久森くん、たまには自炊しようね」
「し、してるよ。たまに」
「食費がないときでしょう」
「ううっ」
僕の行動は彼女にはお見通しだった。なんでそんなに使っちゃうの、という質問ならぬ尋問に目を逸らしながら答える。誰かと食べる食事はこんなに美味しいということを、僕は久しぶりに思い出した。
夕飯を終え、お皿も洗って、彼女がテレビを見ている横でソシャゲの周回をしていたらいい時間になっていた。僕の肩に頭を預けていた彼女が、膝までずり落ちる。
「眠い?」
「んん〜〜〜」
「眠いんだね……ほら、お風呂先に入ってきて。その間に着替えとか布団とか準備するから」
「久森くんは」
「ん?」
「……なんでもない」
何か言いたそうだった彼女は、じっと僕の顔を見つめて結局最後まで言わずにお風呂へ向かっていった。下から僕を見上げる顔。その顔に滲んでいた情欲に対して僕は気付かないふりをして、僕より小柄な彼女でも着れそうな服を探すため、自室へと戻っていった。
「いいお湯だった……って、え!?」
「久森くん」
ここで寝てね、と隣の部屋に案内したはずの彼女がなぜか僕の部屋にいた。それだけならばいい。おやすみの挨拶がしたかったのかなって考えられるから。彼女は僕が用意したはずの服を上しか着ていなかったのだ。
(こ、これが彼シャツ……破壊力が凄い……直視できない)
全男の夢見るシチュエーションが現実に!
クソフォントで脳内にネット広告風の煽り文が現れるくらいには動揺していた。確かに僕たちは付き合っている。保護者から放置されているので茶々を入れられる心配もない。でもまだ高校一年生だ。それに不安になっている彼女に付け込んでこういう事するのは、よくない、から。
「だ、だめ……?」
「う、ううっ」
上目遣いは卑怯だ。不安げな表情も卑怯だ。不安になっているからこそ、誰かの温もりを感じたい。そして彼女は両親に捨てられた(捨てられていなくても、新しい家族を優先しているのだからそう感じていても仕方がない)からこそ、愛情を感じたい。その愛情は言葉だけじゃ駄目だ。行動で示さなくては足りないんだ。境遇が近いから彼女の気持ちが分かって、分かってしまったら退けることができなかった。
「駄目じゃない、よ……?」
「よかった」
というのは建前で、単純に僕もしたかったのかもしれない。だって、僕も男の子だから。
「ん……」
寒い。ソシャゲで夜更かしすることの多い僕は目覚ましを遅刻ギリギリまで遅く設定しているし、睡眠時間が短いので目覚ましより先に起きることは滅多にない。けれど今日は寒さのあまり自然に目が覚めてしまった。布団はきちんとかけているし、なんでだろう。窓が開けっぱなしとか……?
「え、あれ、なんで裸」
身をよじって窓を確認した時に、僕は自分が何も身に付けていないことを認識した。世の中には色々な趣味嗜好の人がいるのは分かっているけれど、僕はそんな特殊性癖は一切持っていない。なのになんで?
「あ、そっか」
思い出した。思い出してしまった。初めて触れた肌の柔らかさとか、体温とか、そういうことを、全部。隣の部屋から物音が聞こえてきてるし、人の気配も感じるし、いい匂いもするし、彼女が朝食を作ってくれているのがわかる。新婚みたいだな、と考えるとさらに恥ずかしくなった。顔が熱い。鏡で見なくても分かるくらいに真っ赤になっているだろう。誰も見ていない、それだけが救いだった。
「ご、ごめん! 僕だけぐーぐー寝ちゃって」
「いいよいいよ、泊めて貰ったお礼だから」
「昨日の晩も作ってくれたじゃないですか……もう遅いかな、何か手伝えることある?」
「じゃあ、お皿を」
「昨日もやった奴だね……」
エプロンなんてものは自炊をしない僕の家にはない。制服を着た彼女が自分の家のキッチンに立っているのが慣れなくて、目線が床に行く。そんな僕を見たせいか、彼女も照れてしまったようで、お互い目線を逸らしながら会話が続くのであった。
彼女が朝はあまり入らないタイプだという事で、朝食はベーコンエッグとサラダという軽いものだった。「男の子はこれじゃ足りないよね?」と心配されたのだけど、寝坊することの多い僕は朝食を食べないことも多々ある。だから問題はなかった。昨晩と同じようにお皿洗いだけは僕が担当した。これで片付けまでさせたら僕はヒモだ。ダメ男だ。
「よっし、これでいいかな……」
「ありがとう、久森くん」
「いや、僕の家のものだから……それよりみょうじさん、今日は学校に行く? 間に合う?」
「どうしようかな」
風雲児高校は別に遅刻しても問題ない。というか常に何人か遅刻しているし、酷い奴は最後の授業に来たりするので不安なら彼女を学校まで送っていこうと思っていた。しかし、顔を見るにあまり乗り気ではないようだ。
「ちょっと、ごめんね」
「え、わ、久森くん」
彼女の手を取って未来視を使う。神様から平凡な僕に与えられた分不相応な能力。これを僕は普段は使わないようにしているのだが、今回は事情が別だ。神経を集中させて彼女の未来を視る。
「う、そ」
「? どうしたの?」
「みょうじさん、今日学校休める? 必要なものがあったら僕が買いに行くから今日は家からでないで」
「それはいいけど、どうしたの?」
あまり心配させるようなことを言いたくはなかった。けれど、黙っている僕の態度で察したのだろう。分かった、と了解してくれた。
「あ、でも今日一日久森くんの家にいるのはいいけど、家に服を取りに行くのは駄目かな。ちょっと着替えたいし」
「家から一歩も出ないで。君が外を歩くのが駄目なんだ。鍵を貸してくれたら僕が服を取ってくるよ」
「し、下着がいるんだけど……」
思わず真っ赤になった。それでも僕は折れるわけにはいかない。
「あんまり怖がらせるようなことは言いたくないんだけど、そのストーカーに君が刺される未来が見えたんだ。場所はまでは分からなかったけど、住宅街の真ん中の道路だったから、家にいれば大丈夫だと思う」
「わかった」
ああ、怖がらせたいわけじゃなかったのに。怯えた姿が可愛そうで、つい抱き寄せた。緊張していた身体が、力を抜いて僕に体重を預けてくるのがなんともいじらしかった。その状態のまま、どれほど経っただろう。はっと我に返って身を離して、恥ずかしさを誤魔化すように自宅の鍵を強請った。
「いや、僕がね、言い出したんですけどね……」
いくら家主の許可を取っているとはいえ、一人暮らしの女の子の家に入ってタンスを――しかも下着を漁るのは変態臭い。なるべく見ないようにしながら鞄にザクザク服を詰めていく。それから希望があった日用品や教科書も詰める。おっと、スマホの充電器を忘れるところだった。現代の若者に一番必要なものである。
「これで頼まれたのは全部かな?」
きちんと彼女の家のドアの鍵を閉めて、自宅へ向かう。その時に僕は大変な失策を犯していた。ストーカーが彼女の家から出てきた僕を付けてきているのを知らずに、自宅までそのまま案内してしまったことだ。
彼女を僕の家に泊めてから一週間。毎朝彼女に触れて未来視をするのが日課になったのだが、どうしても彼女がストーカーに刺されて死ぬ未来が変わらない。否、変わってはいるのだ。今日死ぬ未来を変えても、明日死ぬ未来が新たに制定されている。もしかして、みょうじさんが死ぬことは未来じゃなくて運命なのか?
(未来とは「変わるもの、変えられるもの」。運命は「変わっても、元に戻ろうとするもの」)
最初は素直に従っていた彼女だったが、段々と外に出たいと言い始めた。買い物すら許されず、他人の家の中に閉じ込められているのは監禁と変わりない。気持ちは分かるけれど、僕は彼女を失いたくなかった。だって、出たら彼女は殺される。最初に刺されていた場所は知らない住宅地だったが、最近は僕の家の近所になっているのだから!
「ひ、久森くん……? これ、なに?」
「鳥かごだよ。人間が入る事のできるサイズの鳥かごってなかなか見つからなくて苦労したよ……」
「そうじゃなくて」
「うん?」
「なんで私が鳥かごの中にいるの?」
「なんでって」
そう聞きたいのは僕の方だ。僕は君を守りたいのに、愛しているから大事にしたいのに、どうして怯えた目で僕を見るの?
「家の外は危険だから」
外には飛べない小鳥を食べちゃう猫がいるんだ。だからその猫を僕が退治するまで、ここにいてね?
ethica
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