「ねえ、なまえちゃんは、僕とかっちゃんどっちの味方?」
そう、私の幼馴染の一人は私に問うた。
「……それ、は」
家が近所だった。私とカツキ、緑谷の関係はそれが始まりだった。同級生の子供を持つ親同士は、相手によほどの性格的問題がない限り、行事とかも被るし自然と仲良くなるものだ。性別も性格も違ったけれど、親同士が意気投合してしまって三人で遊びなさいと放り出されることが多かった。ヒーローに憧れていた緑谷はまだいい。腕白だけど運動神経抜群のカツキのこと、尊敬してたみたいだから。憧れのヒーローと少し重ねてたみたいだから。だけど私は三人で遊ぶのはあまり好きじゃなかった。イズクは――緑谷は無個性だし、女々しいからカツキの言いなりになる。カツキは危ない事ばかりしたがる。私はそんなに運動、というより危険な冒険があまり好きではなかったからだ。でもこの三人の中で一番凄いのはカツキだから、カツキ様の思うがままに私達は連れ回されていた。
あれは、そう。小学校の四年生くらいだと思う。いつものように三人の親が喋りだして、経験からこれは長くなるぞと悟った私達は家にも帰れず時間を潰すほかなかった。ちょうどその時私達の間では秘密基地が流行っていて、秘密基地に相応しい場所を求めて「冒険」することが流行っていた。公園の木の下、遊具の周り――そんな当たり前のところは既に何人もの縄張りになっていた。何でもナンバーワンじゃないと気が済まないカツキは、誰も知らないような場所を求めていた。
「ねーあとで怒られるよ。戻ろうよ」
「文句あんならなまえだけ戻ってればいいだろ」
「そんなこと言われても」
カツキに連れられて、私達は森の方まで来ていた。危ないからあまり近寄ってはいけないと親に言い含められていた私は帰りたくて仕方なかった。買ってもらったばかりの靴が汚れてしまうのも気になっていた。
「そんなに文句あんなら一人で帰ればいいだろ」
「無理だよぉ……」
そう、無理なのだ。もう森の中ほどまで来てしまっているし、どれも同じ景色に見える私では戻っている最中で迷うのがオチだろう。だからカツキに――それが駄目でも緑谷と帰るしかなかった。緑谷も緑谷で、強く意見しない。駄目だという気持ちと、冒険したいという気持ちが混ざっているからだろう。これだから男って嫌だ。
「しかたねーなぁ」
目に涙を浮かべた私の手をカツキは取った。勝手に探検したまではまだともかく、一緒に連れて行った女の子である私を泣かせたとあれば必ずお母さんに怒られるからだということは後で気付いた。その時の私は、つないだ手の温もりと、異様に硬い彼の掌の感触にドキドキしていてそこまで頭が回らなかった。もう四年生なのだ。そろそろ彼氏ができてる女の子だっている。ませている女の子は、男の子と女の子を意識している時期に差し掛かっている。カツキは学年の中でも人気の高い男の子だった。顔もかっこいいし、何より強くて運動ができる。乱暴だと嫌がる子もいるけれど、大抵の子はいいね、と言っていた。
たぶん、カツキと一番距離の近い女の子は私だと思う。先生が一列になって歩きなさいと指示するときもカツキは言うことを聞かずに手を繋がないから、手を繋いだ女の子って本当に少ないのではないだろうか。そんなことを思うと、別に森の中の探検は嫌でなくなっていた。ただ、日が暮れる間際に母親たちが大慌てで探しに来て、たっぷり怒られたけれど。
「似合う、かな」
真新しいセーラー服に身を包む。着なれないからタイがよれている気がするけど、何度結び直しても歪なままだった。私達は中学生になった。相変わらず親は中がよくて、皆で一緒に入学式に行きましょうよと言われて、待ち合わせていたところだった。いつから距離を取ったんだろう。
「おいなまえおっせーよ!」
「わあ!!」
玄関のドアが大きな音をたてたと思ったら、ドンドンドンと喧しい足音がした。お母さん焦ってたのかなぁとか思っていたら、カツキだった。
「ちょっとカツキ! ノックくらいしなさいよ、着替えてたらどうすんの」
「別にお前の裸なんか見てもなんとも思わねぇから安心しろ。まな板」
「……っ! っ!!!」
ベッドの上に置いていたぬいぐるみを掴んで振りかぶったが、カツキは苦もなく避けた。更に苛立ちが加速した。カツキはいつもそうだ。
「お前さ」
「何よ」
「不器用」
うまく結べなかったタイを、スルッと解いたあと結び直してくれた。近くなった顔にドキドキする。身長も伸びて、丸みを帯びていた頬もシュッとして男らしくなっていた。黙っていれば格好いい人だった。口の悪い、あのカツキが、急に優しくしたからびっくりしただけよ、と私は自分に言い聞かせる。これは恋じゃない。恋じゃない。自分のことを見てくれない男なんて、住んでる世界が違う男なんて、好きになってもしんどいだけだもの。
「カツキは、なんでもできるよね」
「お前ができないだけだろ」
「私は人並みだよ」
そう、人並み。平凡な女。
「なまえってさ、爆豪くんと仲良いよね?」
まただ。また、この質問。中学生になってもカツキに敵う相手がいなくて、彼はますます横暴になっていった。だけど彼は誰よりも特別だから、やっぱり密やかに人気はあったのだ。
「そうかな?」
「そうだよ。爆豪くんのこと名前で呼んでる子はいないよ」
「いやー取巻きも呼んでるし、特別なのは緑谷じゃん? あのカツキをかっちゃん呼びなんて命がいくつあっても足りないっしょ」
「確かに! てかなんであんな野暮ったいのがかっちゃんとか言ってるの? 絡みなくない?」
話題が私から緑谷に変わった。その事に安心する。緑谷のことになると、みんなが馬鹿にした空気になるのはわかってたのに、また私は利用してしまった。昔は二人の真似をしてかっちゃん、イズクと呼んでいたのに、いつの間にカツキと緑谷になったんだろう。覚えてはいるけれど、思い出さないようにした。
先生に呼び出されてこき使われていたら、いつの間にか下校時刻ギリギリになっていた。忘れ物をした私は大慌てで教室に駆け込んだ。
「なに……してるの」
「なまえちゃん」
かっちゃん、なまえちゃん。昔と変わらない緑谷の呼び方。机の上に普通の大学ノートが置いてあって、その上で少し目の赤い緑谷ときたら、理由は多分一つしかない。またカツキに無個性がと虐められたのだ。
「もう下校時刻だから早く帰ったほうがいいと思うよ」
「うん。……ねえ、なまえちゃん」
「なに」
「なまえちゃんは、僕とかっちゃんどっちの味方?」
「それ、は」
「あ、ごめん。味方っていうのは少し違うかな。かっちゃんは無個性はヒーローになれないって言うでしょ。なまえちゃんもそう思う? かっちゃんみたいになれないって思う?」
緑谷が、イズクが、どんなにヒーローに憧れてきたか、私は幼馴染だからよく知っていた。耳障りの良い言葉で慰めるべきだろう、優しさがあるのならば。でも私は、緑谷よりカツキを選んだのだった。
無個性は、弱い。個性によって進歩した人間の中で、進化に行き遅れたタイプの人間だ。世の中は弱肉強食。弱いものは淘汰される。自然の理に沿って、淘汰されるのだ。
「諦めたほうがいいと思う」
カツキみたいな凄いやつじゃない、平凡な私にすら、淘汰されるのだ。
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