ああもうダメお腹が減った。泥棒なのはわかってる。よくないこともわかってる、でも、でも私、耐えられない……!!
某ソシャゲの胸の大きな女の子のセリフを脳内で反芻しながら、私は本に手を伸ばす。空腹時に書店に入った私が悪かった。人間極度の飢餓状態になると理性なんて簡単に吹っ飛んでしまう事を今回学習した。適当に掴んだ本を、口の中に運ぼうとして、
「君、それは食べ物ではないぞ! あと売り物だ! やめたまえ」
眼鏡をかけた、背の高い男の人に止められたのだった。
私の個性は一応異形型になるんだと思う。見た目は人間のままなのだけれど、個性因子によって遺伝子が変容して、食事が人間の食べ物ではなく文字になってしまったのだった。こんな変化の仕方は滅多にないよと医者に言われたが、言われたところで治療する手立てがないのだから仕方がない。エネルギー源以外は全て他の人間と同じなので日常生活にあまり支障はないのだが、友達と一緒にご飯を食べると異物の消化のために更にお腹が減る。日曜日、夕方。一日中友達と遊んで付き合いでパフェを食べてしまったせいで私は空腹状態になっていた。遊んでいたのがショッピングモールだったので、近場によい本屋さんがあったせいで先程の暴挙に及んでしまったという訳だ。
「本当にごめんなさい……お腹が減りすぎて理性が飛んでました」
「うむ、まあ未遂だったわけだし、反省もしているからこれ以上は責めない。だが気をつけるんだぞ!」
先ほど書店で私を止めてくれた男の人、飯田くんが言う。書店の中に併設されているカフェに私を連れてきて事情を聞いておとなしくさせてくれるなんてなんていい人なんだと思った。
「しかし個性はいろいろな種別があるが、食事関係だと厄介だな」
「でも私はまだマシですよ。私の中学のときの同級生は吸血鬼なので、私よりもご飯食べれてないみたいでいつもフラフラしてました」
人の血なんてそうそうもらえるものじゃない。仮にいいよと言ってくれる人がいたとしても、献血だって期間が設定されているし頻繁に頂けるものではない。そう考えると私の活字ならなんでもいいという個性はまだましなのだ。本を買えばいいし、金欠になったらコピー用紙を買ってネットで青空文庫を印刷して食べればいい。手書きじゃないと味が劣るとか文体によって好き嫌いがあるとかもう毎日食べ過ぎて味に飽きてきたとかいう贅沢を除けば、大したことない。食べ物のことを考えていたらぐぅ、とお腹がなってしまった。私の顔が真っ赤になる。
「ム、そういえば空腹だと言っていたな」
「そこは聞こえないふりしてください……デリカシーないんですか……」
「す、すまない」
「お詫びとしてルーズリーフに何か文字を書いてくれたら許します」
ん? という顔をされた。
「私、文章ならなんでもいいんですよ。話として面白かったり手書きの文字のほうが美味しくはなりますけど、印刷や内容があまりないものでも腹は満たされます」
「たしかに文具を買いに来たのでルーズリーフも筆記用具も持っているが、俺に文才は」
「いいんですなんでも。なんなら自己紹介でもいいです。お腹減ったんです……!!」
「しかし……」
「人助けだと思って! お願いします!」
必死に食い下がると飯田くんは渋々といった感じに書き始めた。自己紹介で、と私が言ったからか「僕の名前は飯田天哉。年は」なんてきちんとした自己紹介が始まっていた。彼の書く文字は美しいのに少しかくかくしていて機械的だ。文字がそのまま彼本人を表しているようだった。これだから手書きの文字はいいのだ。文体からだけではなく、書き癖からも人柄が読み取れてより味が濃厚になる。印刷はだめ。フォントによってほんのり風味が変わる程度で基本同じ味だもん。スポーツドリンクの味の差みたいは感じだと言ったらわかるだろうか。
飯田くんが書いている間、暇なのでじっと観察してみる。腕ががっしりしてるし、筋肉質だしガタイもいいので何かスポーツをやっているのだろうか。いや、もうスポーツではなくてどこかのヒーロー科の生徒かヒーロー志望だろうか。頭も良さそうだし有り得そうだ。もしヒーロー志望だったらきっと濃厚な味になるだろう。時間をかけてじっくり煮込んだおでん、一晩おいて馴染ませたカレーのように。ああ、楽しみで仕方がない!
「……できたぞ」
「ありがとうございます、頂きます」
「読まないのか!?」
「ふぁい?」
一番下の行までびっしり埋まった文字を確認したあと、ガブッとかじりついた私を見て飯田くんが少し怒ったように言った。
「ちゃんと味わってますよ」
「いや……よく噛んでくれてるのは分かるのだが」
「そうじゃなくて。私は一度呑み込んだ文字は忘れないんです。個性のメリット、超暗記ですね。だから飯田くんが同い年なことも、どれほどお兄さんを尊敬してるかも、ヒーロー目指して頑張ってるかもちゃんと理解できましたよ?」
社会や理科、漢字とかの暗記問題めちゃくちゃ強いんだよね。適当は参考書買ってきて丸かじりすれば良いだけだから計算問題のみに集中すればいい。個性を使ったズルだけど、おかげで私はあの天下の雄英に受かったのだった。
プロヒーローの中でもトップクラスの排出が多いことで忘れがちなんだけど、ヒーローっていうのは国家資格なので学力も大事なのだ。文武両道かつ個性に優れ扱いも長けている天から何物も与えられた人だけがなれる職業。なのでヒーロー科を落ちた子が受験する普通科も成績だけはいいんだよね。今一目置かれてるし、箔が付くので入っておいてそんはないのであった。
「……確かに理解できてるようだな」
「言ったでしょう? ご馳走様でした。久しぶりの他人の手書きのご飯でした」
「味の方は?」
「自己紹介って言った私も悪いんですけどガチガチですね。硬いです。フランスパンのように」
「失礼だな君は!」
「すいません……」
飯田くんは何かを言おうとして、黙った。重い沈黙が馬を支配し、そしてそのまま解散の流れになった。
「では。次から体調管理はきちんとするように」
「はぁい」
ありがとうございました、と頭を下げる。飯田くんは去っていく。どこまでも愚直なまでに真っ直ぐな彼の食感がフランスパンなのは理解できた。でも味がオレンジなのは理解できなかった。硬くて、絶妙な酸味と甘味を合わせ持つ彼の味が病みつきになるなんて、その時私は思ってなかったのである。もう一度食べたいなんて胸を焦がす思いに支配されるなんて、予想もしていなかった。
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