瞳の色を読まれてはいけない。この想いに気づかれてはいけない。だってしょーちゃんはやっとお母さんに会うことができて前へ進むことができたんだ。変わろうとしている大事な時期にこんなことで煩わせてはいけない。私はしょーちゃんの幼馴染なんだ。家族より遠くて友人より近い関係。都合のいい相談相手になるんだ。
「しょーちゃん髪! 濡れてるんですけど!」
「ちゃんと拭いたぞ」
「拭いただけじゃダメでしょ、風邪ひいちゃうでしょ」
「冬じゃねぇし平気だ」
「髪が傷む。ドライヤーは」
「……洗面所」
「もう、乾かしてあげるからそこで待ってて」
肩をいからせて部屋から出ていく。勝手知ったるしょーちゃん家。洗面所の場所だって当然知ってる。我ながらうまい言い訳だったと思う。だって戻ってくるまでにこの顔を何とかできるんだから。頬の熱よ冷めてしまえ。私の気持ちも消えてしまえ。
「熱かったらいってね〜」
「おう」
「乾かす時は髪から15cm話して上の方からかけるんだよ」
ぶおおおおん、と喧しい音を立てるドライヤーを動かしながら、これは失敗したなと思った。だってしょーちゃんが近いしお風呂上がりだからなんかいい匂いするし、あと髪の毛もさらさらだ……なんでしょーちゃんってこんな髪の先まで格好いいの? 私をどうしたいの?
救いといえば後ろを向いているから私の表情を読まれないことだろうか。細い髪に触れる指先の熱はドライヤーのものだって誤魔化せることだろうか。
「なんで黙ってんだ」
「だってえ」
「なんか喋れよ」
「なんで私が!?」
「この状況に持ち込んだのお前だろ」
「う〜ん……しょーちゃんすっごくいい匂いするんだけどシャンプー何使ってるの」
「……」
「その沈黙は何」
「いや、思ったより変態くさい話題で」
私のバカ! なんで思ったこと口に出しちゃうの! せっかく髪の毛綺麗なんだから手入れしっかりしなよって手入れの方法教えて女子力アピールしとけばよかったでしょ。
「だって本当にいい匂いなんだよ? 私これ好きだよ」
「冬美姉さんが買ってきたやつ」
「だよねえ」
しょーちゃんがそういう事に拘るはずないよねえ。でも何にも気にしなくてもイケメンなんだからずるい。たぶんお母さんに似たんだろうな。エンデヴァーさんはちょっとジャンルが違うもん。
白と赤の不思議な色の髪。左手の小指に赤い色の方が絡まって運命の赤い糸みたいなんて思ってしまって慌ててしまう。
「いてえ」
「ごめん……ちょっと憎しみが……」
「?」
「だって私が苦労して手入れしてるのに、なんにもしてないしょーちゃんのほうが髪の毛サラサラなんだもん」
そう言うとしょーちゃんが急に後ろを向いた。勝手にドライヤーを止める。宝石みたいな瞳がまっすぐ私を見つめてくる。
「な、なに?」
「いや……来夏いつから髪の毛伸ばしてた?」
「えっと中学あたり、かな?」
「前は俺と変わらないくらいだったよな」
「それ結構前でしょ」
「今日は髪くくってねぇのはなんでだ?」
綺麗な指が私の髪に触れる。上から下まで優しく梳くのがくすぐったい。何度か上下したあと、毛先をくるくるいじりはじめた。しょーちゃん、一体何がしたいの!
「休みの日くらい髪の毛いじるの休みにしたいから」
「そんなもんか。髪の毛下ろしてると大人っぽくなっていいな」
「そ、そう?」
「雰囲気変わる」
「えへへ、しょーちゃんに言われると嬉しいな」
いつもみたいに笑えていただろうか。子供みたいに無邪気に、飼い主のことが大好きな子犬みたいに笑えていただろうか。私としょーちゃんの間に不純物はいらない。褪せない思い出みたいに永遠にキラキラ輝いていればいいんだ。
「来夏」
「なぁに?」
「俺たちは狭い世界で生きてきたよな」
「しょーちゃん?」
「人見知りだった来夏は小学校の途中まで俺以外の友達できなかったし、できてからも俺にべったりだ。俺はそもそも他人と関わる暇なんてなかった。たまに物好きなやつがいてもクソ親父のせいですぐ離れていった」
「……そうだね」
私としょーちゃんを取り巻く環境は複雑だ。いいや、私は単に人見知りなだけで平凡だ。最初にそばにいてくれた彼から離れると一人になってしまうから縋り付いていただけ。けれど彼は違う。コミックだったら主人公に匹敵するだけの背景がある。私は彼の物語の中に紛れ込んだ脇役に過ぎないのだ。
「雄英にきて世界が広くなったよな。来夏も俺がいなくてもちゃんと生活できてる」
「そんなことないよ」
「緑谷に言われて、考えて、まだ結論は出ないけど、ここからが俺のスタートラインだ」
「しょーちゃん……」
一体緑谷くんはしょーちゃんに何を言ったのか。私でも開くことができなかったしょーちゃんの心を開けることが出来た彼もまた間違いなく主人公だ。だってヒーロー科にいるんだもの。子供たちが最初に憧れるもの、戦隊モノのヒーロー、変身して戦う女の子。少し前まではそれは夢だった。いつか覚めるものだった。けれど今は、幼い頃憧れた「ヒーロー」になることができる。選ばれた個性の人だけが覚めない夢を見ることができる。
私だってヒーローになりたかった。覚めない夢を見たかった。永遠にしょーちゃんの近くに立っていたかった。けれどそれは叶わない。私はヒーローになれない。しょーちゃんが高みへ進んでいくことを決心したのなら、もう私は彼に追いつくことができないんだ。
私の髪をいじっていた手が背中に回される。私の顔のすぐ横にしょーちゃんの綺麗な顔がある。そして耳元で、どんな女の子の胸もかき乱してしまう蕩けるような甘い声で囁くように言われた。
「だから傍にいてくれないか。昔のまま、俺の傍に」
「うん……」
そんなこと言わなくても大丈夫だよ。私は変われないんだ。だからずっとしょーちゃんの望む来夏のままだよ。貴方が私を置いていくまでは、ずっと一緒だよ。