今の君はいつでも澄ました顔で笑っていなくて、私は君の笑顔を忘れてしまいそうだから、昔にライカカメラで閉じ込めた笑顔をときどき確認するのだ。あの出来事が起こる前に、私たちがふたりで遊んでいるところを捉えた写真。幼なじみだというのに、網膜以外に焼き付けられた笑顔の写真はそれしかない。
 幼い私たちを写したカメラは、いつかまた笑顔を写すことを夢見て、私の部屋に飾られている。




「あ! しょーちゃんおはよう」
「来夏か。おはよう」

 元気よく家から出ると、そこには見知った顔の幼馴染がいた。通う科は違えども、同じ学校にすぐ隣の家から通うのだから、交通機関の時間を考えると出発の時間がかぶるのは頻繁だ。入学してからしばらく、あまりにも家を出る時間がかぶるので、最近ではお互いを待っていくのが日常となっている。

「ねぇねぇしょうちゃん友達できた? 宿題終わった? 雄英は普通科でも勉強難しいんだねぇ……」

 歩きながらたわいのない話をする。しょーちゃんは最難関と言われるヒーロー科である。雄英の普通科も悪くはないのだけれど、ヒーロー科ほどではないのだ。座学だけでなく実技も試験があって、とりあえずすごい! ということしか私にはわからない。中学の時も受験の時も勉強に関して散々お世話になったのだけれど、ヒーロー科は普通科の勉強に加えてヒーロー学もあったりして進度が違うので、高校では一人でなんとかしなければならないのだった。

「お前、俺の代わりに宿題見せてくれるやつ見つかったのか」
「えっ何それひどい! 私そんなに不真面目じゃないもん。自分でちゃんと頑張ってるもん」
「どーだか」
「意地悪!」

 ぷいっとそっぽを向いて明らかに怒っています、という態度をした私を微かに笑うような気配がした。悪意のないそれに腹を立てているわけではないけれど、どうにも感情の落ち着けるところがわからなくなって怒っている態度を継続してしまう。

「あ、電車くるぞ」
「うへぇ……」

 しょーちゃんの告げた内容にげんなりしたせいで怒っている態度は即座に消えた。雄英はしょーちゃんと同じ学校だし、友達も出来たし、毎日楽しいんだけどこれだけが嫌だな。中学は徒歩圏内だったから通勤ラッシュというものにあったことがなかった。これでもかというほど人が詰め込まれた電車に乗るだけで一日の体力を持って行かれそうだ。

「来夏大丈夫か?」
「だ、だい、じょう、ぶ」
「じゃないだろ」

 人の波に流されそうになる私をしょーちゃんががしっと捕まえてくれる。よかった、これではぐれることはなくなる。まだ電車に乗り慣れていない私たちは、あちこち押された変な体勢でひと駅苦しむことになった。次の駅で人が降りて車内の人口密度が減った瞬間に、素早く壁際を確保したしょーちゃんが私を引き寄せてくれる。

「ほら」
「ありがとう……」

 壁際に私をもたれさせてくれて、背中で他の人から庇うように向かい合う形でしょーちゃんがいる。最初はそれだけだったけれど、次第に押されて、私の顔のすぐ横に彼が手を置いた。背の高いしょーちゃんと私は普段あんまり近くで顔を見ることはないから、この体勢はとてもまずかった。数センチという距離に男の子の顔があるのだ。しかもただの男の子じゃなくって、宝石みたいなキラキラした瞳を持った、とってもかっこいい男の子の顔なのだ。人と人が密集しているからではなく、別の意味で体温が上がる。私がこんなにも困っているというのに、しょーちゃんはポーカーフェイスを崩さないまま真っ直ぐ私を見つめてくる。

「しょ、しょーちゃんは優しいね」

 視線の位置に困って、緊張した空気の沈黙にも困って、適当に話題を投げた。声は震えていなかっただろうか。このドキドキは伝わっていないだろうか。

「そうか?」
「そうだよ……しょーちゃんその体勢しんどいでしょ」
「鍛えてるから平気だ」
「嘘だぁ」
「嘘じゃねぇぞ」

 ほら、としょーちゃんは腕を指した。どういう意味か分からず首を傾げると、掌を彼の右手に持って行かれた。

「え!? なにっ」
「触ってみろ」

 な、なにこのイベント……意味わかんない……。でもしょーちゃんはいつも通りに至極真面目な表情だから、笑って流すこともできなくて、朝から幼馴染の腕の筋肉を確認するという謎のシチュエーションに出くわすことになってしまったのだ。

「やばい」
「だろ」
「えっちょっと待ってやばい、しょーちゃんこれどうやったらこんなになるの!?」

 鍛えているから、といった彼の言葉に嘘偽りはなく。鋼のように硬いしょーちゃんの腕を弄って遊んでいたらいつしか学校についていたのだった。
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