「はあ……」

 気づいているのかいないのか。たった十分しかない休みがまだ五分しか経っていないのにその間に轟がついたため息は五回だった。換算すると一分間に一回。こんなもの誰が見たって何か悩んでいるってわかってしまう。轟の隣の席の八百万は、彼のため息について指摘するかしまいか悩んでいた。轟の幼馴染件恋人の来夏とは親しくなったものの、自分と彼はそこまで親しいわけではないので踏み込んでいいか躊躇っていたのだった。

「はあ……」
「どうしたんですの?」

 しかしそんな悩みは通算36回目のため息を聞いたときに失せた。鬱陶しい。座学も実技も申し分のない轟のことだ。どうせ悩んでいるのは来夏関係のことか、来夏に相談すれば一発で解決する類のものに決まっている。

「なんだいきなり」
「なんだじゃありませんわ。さっきからため息ばかり。何か困り事でもあるのでしたら力になりましてよ?……役に立つかはわかりませんけれど」
「八百万、お前いいやつだな」
「いいえ、副委員長として当然ですわ」

 きらきら目を輝かせてこちらを見る轟に「単に鬱陶しいから」というのはさすがに気が引けた八百万であった。

「で? 何を悩んでいるんですの?」
「実は来夏に男として意識されてねえみたいなんだ」
「ハアアアアアアア!? 彼女って時点で意識されてるだろふざけんな!!!!! イケメンは死ね!!!!!!」

 突然話に割り込んできたのは八百万の前の席の峰田だった。エロいことに全てをかけている峰田は、自分以外に降りかかる恋愛ネタに敏感である。どう考えても来夏は轟のことが好きで、バリバリ意識していると思うのだが、こういうものって当人たちほど気づかないものなのだろうか。「うるさいですわ」と彼をいなして轟に続けるように促す。

「具体的にどういうところがそう感じるんですの?」
「ここ一週間くらい毎日俺の部屋に遊びに来てるんだが何も起きねえ」

 両肘を机の上につき、指を組んで口の前に構える――所謂ゲンドウポーズで真顔に発言する轟に女の敵、と叫べばいいのか本当に焦っているのか心配すればいいのか八百万には判断できなかった。

「轟……お前連日彼女を部屋に連れ込んでその体たらくはなんなんだ……? それともやつほどのイケメンでも女体は拝めないなんてこの世に救いはないのか……?」
「お、お部屋で来夏さんは何を?」
「テスト勉強。やっと顔を上げたと思ったら数学の質問しかしねえ」
「数学」
「いやさすがに他の会話あんだろ? まさか勉強しかしてないなんてことはないだろ? 彼女とお部屋デートだぞ轟ィ!!!!!」
「数学以外は物理について聞かれた」
「物理」

 俺は家庭教師でもなんでもねえ、と切に感情をこめて轟は言う。可哀想になった八百万は、なんとかフォローするべく言葉を繋いだ。

「ええと……向上心があって素敵なことではないですか!」
「二週間も前から取り組んでるのはスゲエと思うんだけどよ、そういう努力家なところが来夏のいいところなんだが、その間俺は放置されてるんだぜ」
「…………」
「特訓の間わざとロック外したスマホを目の前に置いていっても触った形跡すらねえし、いくら理由をつけて部屋から出ていっても変なもんないか漁った形跡もない。たまに配置が変わってると思えば教科書・辞書・参考書を借りた程度だ」
「男の部屋はいってエロ本を探さないとかマジかよ」
「マジだ。ここまで来ると俺に興味がないとしか思えない」

 整った容姿に優れた才能。轟の話題に触れただけで真っ赤になる来夏を見ていたらそんなことはないと思うのだが、テストにかまけてそこまで放置するのもなかなかである。はたから見たら完全に恋人同士だった二人がここまで付き合わずに来たのも案外こういうすれ違いが原因かもしれなかった。

「お部屋に遊びに行き過ぎたという可能性は?」
「ある。高校受験のとき毎日俺の部屋で受験勉強してたから俺の部屋は勉強するとこになってんのかもしれねえな」
「多分それですわね。場所を変えて迫ってみたらどうでしょう」
「デートか」
「そうです。週末に自宅以外の場所に一緒にお出かけしてみるといいかもしれませんわ」
「週末……お出かけ……?」
「どうかしましたの?」

 難しい顔をして考え込んだ轟にまさか地雷を踏んでしまったのかと不安になる。

「いや……週末はだいたい一緒に出かけてんだ。その帰りにあちこち寄って帰ってる」
「ええと、どちらに?」
「映画とか、本屋とか、服買いに行ったりとか」
「デートじゃん」

 こっそり話を盗み聞きしていた上鳴はそう思った。思っただけでなく口に出してしまった。上鳴だけでなく、話を聞いていたクラス全員がそう思っていたので、代表で突っ込んでくれた上鳴に感謝しかなかった。毎日一緒に登下校して、時間が合わなければ待ってくれて、帰宅したら自室で一緒に勉強。週末はデートもとい一緒にお出かけを繰り返す。付き合う前から付き合うようなことをしていた二人だったから進展しないのも無理はなかった。
 というか、小さい頃からそんなにべったり過ごして来たのかとちょっと引く感じである。以前蛙水の発言に「狭い世界で生きてきた」と発言したのもなるほど理解しかない。わかりみ。

「なんか……俺ばっかり触りたいとか気にして欲しいとか意識してんのかと思うと……つらい」
「轟さん……」
「轟……」

 リア充は死ねとしか思わない峰田もちょっとだけ同情した。羨ましい半分同情半分、少しは男としての幸せに触れることも許容してやろうという気持ちだった。
 タイミングよく始業のチャイムが鳴り、時間に正確な相澤が入ってきたのでこの話は流れてしまったのだが、八百万をはじめとしたA組女子と、上鳴や切島、緑谷など来夏とちょくちょく連絡を取っているメンツが、揃って来夏に「轟にもっと構ってやれ」と連絡したのは言うまでもなかった。

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