「あ」
教室について、なんかカバン重いなって思いながら授業の準備をしていたらしょーちゃんにお弁当を渡すのを忘れていたことを思い出した。しょーちゃんのお母さんは入院していて、お父さんとは仲が悪くて、お姉さんはいるけど小学校の先生だからお弁当はいらなくて、だからしょーちゃんにお弁当を作ってくれる人は誰もいないのだった。それを見かねた私のお母さんが轟さんの家に申し出て、しょーちゃんの分のお弁当も作っているのだ。もちろん、お母さんの都合もあるし毎日ってわけじゃないけど。
「ああああ〜やっちゃったなぁ」
「おはよー来夏。朝から変な声出してどうしたの」
「おはよう! あのね、お弁当渡すの忘れちゃって」
「えっ誰に? 彼氏!? 手作り!?」
「違うよ〜お母さんが作ったやつで幼馴染だよ〜」
「来夏料理とか無理そうだし納得だわ」
「え、酷い、なにそれ!」
どういうこと、って友達に詰め寄る。席が近いからという理由で仲良くなった子にまで女子力がないのがバレてるなんて、一体どう言うことなんだろう……。
お弁当を残してしまったら作ってくれたお母さんに申し訳ないので、購買などで買ってしまわないようにしょーちゃんに連絡をした。
『しょーちゃんごめん! 今日お弁当渡し忘れてた〜
移動教室とかあるからお昼休みに届けに行くね。待っててね!』
優等生なしょーちゃんだから頻繁にはスマホを見ないだろうけれど、それでも一度くらいは確認するだろう。ねえ宿題やった、見せて〜なんて、雑談の中に飛び込んで、今日も一日が始まった。
「ごめんね、幼馴染にお弁当届けてくるから先に食べてて」
「りょうかーい。なんなら今日はその幼馴染と食べてもいいよ?」
「う〜ん向こうがどうだろ? あったら聞いてみるね。戻ってこなくても気にしないでね〜!!」
「はーい」
友達の言葉に甘えることにして、念の為にお弁当を二つ抱えて私はヒーロー科の方へ駆け出した。雄英は広いので場合によってはバス移動、なんてこともあるんだけれど、食堂の関係もあるし校舎同士はそんなに離れていなかったりする。ヒーロー科は凄い人ばっかりだから行くのは緊張するのだけど、私の不手際なので仕方ない。
「あれ、轟くん、ご飯食べないの?」
「ああ」
「忘れちゃったの?」
やっと1-Aと書かれた教室にたどり着いたとき、小さくそんな声が聞こえた。昼休みの雑踏の中聞こえたのは轟という知った名前があったからだろう。前に出入りした生徒がよほど急いでいたのか細く開いたドアの隙間から中をそっと覗く。見覚えのある人物に、くせっ毛の男の子が話しかけていた。
(どうしよう、入りにくい)
しょーちゃんは友達と会話してるから気付いてくれそうにないし。ヒーロー科の皆はなんていうかオーラが凄くてちょっと近付きにくい。特にあの、ポニーテールの身長の高くて美人でスタイルも良くて明らかに頭もよさそうな方とは女の子同士なのに緊張せずに話せる気がしない。どうしたものか、と眺めていると。
「おいテメェ邪魔だ、どけ」
「すいません!!!!!!」
ツンツンはねた髪の目つきの鋭い人に凄まれてしまった。この人もこの人でオーラあるな……ちょっとヴィラン寄りだけれど。
びっくりして思ったより大きな声が出ていたらしく、教室内の注目が集まった。ひぇ、と情けない声がでる。どうしようと困っていると、ようやく私に気付いたしょーちゃんが、鋭い目つきの人と私の間に入ってくれた。
「爆豪、来夏が何か?」
「こいつがドアん前でチンタラしってから邪魔だっつっただけだ。文句あんのか」
「いや、勘違いして済まなかった」
「しょ、しょーちゃん」
「しょーちゃん!?」
「え、何、轟しょーちゃんとか呼ばれてんの?」
また知らない男の子が声をかけてきたことから、普段しょーちゃんがどんな態度を取っているか想像が付いてしまった。一匹狼といえば聞こえはいいけど、愛想がなくて誰ともつるんでないんだ。金色の髪の、よく言えば親しみやすそうな、悪く言えばチャラい男の子が話しかけてくる。
「なんか仲良さそうだけど、轟の彼女?」
「ただの幼馴染です……」
「え、マジ? なら俺もワンチャンある?」
「ワンチャン?」
「それより来夏、弁当」
「あ、そうだった。はいこれ」
黙殺。いくらしょーちゃんでも成長期の男の子なのだ。空腹に耐え兼ねたのかお弁当を催促してくる姿は年相応だった。包を手渡して、教室を出ようとしたのだけど。
「いくら俺でも二個は食えねぇぞ」
「あああああああ! 間違えた! 私の分まで渡しちゃった!!」
即座に駆け戻ることになった。ううう、恥ずかしい。何やってるんだろう。
「なんでわざわざ二個持ってきたんだ」
「ついでだからしょーちゃんと一緒に食べようと思ってたの忘れてた」
「馬鹿か」
「馬鹿じゃないもん、意地悪」
「移動するか?」
「時間ないし、しょーちゃんがいいならここで食べたい」
「おう。食堂組もいるから席空いてるぞ」
「お邪魔します」
しょーちゃんが席に着くと、さっき話していたくせっ毛の男の子が困った顔で立っていた。邪魔をしてしまったかな、と今更不安に思う。お友達の間に私がいたら迷惑だよね。
私の知らないしょーちゃんがいることがこんなにも寂しいなんて思わなかった。中学まではクラスが違ってもずっと一緒だったし、大きな差はなかった。でもヒーローになるってことは、昔のアイドルみたいに、手の届かない存在になるってことなんだ。
「適当に座れよ。緑谷も食うか?」
「えっ僕?」
「あーっ、じゃあ私もいい? 轟くん」
「ああ」
「私、麗日お茶子。よろしくね!」
「春次来夏です。しょーちゃんの幼馴染なの」
「ねえねえ、来夏ちゃんB組なの? ヒーロー科女子少ないからお友達が欲しかったんだ!」
「ううん、私は普通科だよ」
「普通科か〜やっぱりそっちは女子多いん?」
「んと、見た感じだけどこっちよりは多いかも」
「いいなぁ」
一瞬暗い気持ちになったけれど、話しかけてくれたお茶子ちゃんのおかげでその嫌な感情はすぐに消えてしまった。