障害物競走終了後、クラスごとの観覧席に戻る前、どうしても堪えきれずその場で座り込んで泣いてしまった。こんな状態恥ずかしいなって思っていたら他にも何人か泣いている人がいて、私一人だけじゃないことを知って安心するとますます涙腺が緩んだみたいだった。多くの人にとって夢は見るもの、叶わないもの。チャンスを与えられても掴むことすらできないのだった。遠くでミッドナイト先生の声と歓声が聞こえるけれど何を言っているのか今の私には理解することができなかった。
どれほどの間そうしていたのか。無機質なリノリウムに電灯の光が反射する。そろそろ戻らないと怪しまれる。が、泣きはらした目が気になったのでトイレで確認することにした。鏡に映る私は冷たい水で冷やしたものの、まだ少し腫れぼったく酷い顔をしていた。
(しょーちゃんがここにいたら冷やしてくれたかな……)
昔火傷しそうになったときに、しょーちゃんは右手で冷やしてくれたことがある。ありがとう、優しいね、と言えば「お母さんの個性だから」と返されたっけ。優しいのは個性じゃない、しょーちゃんの心なのに。強いのはお父さんのせいじゃない、しょーちゃんの努力なのに。しょーちゃんはいつだって自分を正しく認識できない。
「あっ来夏、どこ行ってたの」
「来夏彼氏活躍してるよ〜」
「イケメンで個性強くてヒーロー科とか最強じゃん!」
自分のクラスの観覧席に戻ると、仲のいい子達が席を取っておいてくれた。気づいているのかいないのか、目のことには触れずに暖かく迎えてくれた。
「しょーちゃんは彼氏じゃなくて幼馴染だよ?」
「うっそ、毎日一緒に登下校してんのに?」
「クラスにも迎えに来たことあったじゃん、私見たよ」
「でもマジならやばいよ、かっこいい〜って騒いでる子多いもん。絶対ライバル増えたって」
「しょーちゃんはいつもかっこいいからねえ……」
顔に大きい火傷はあるけれどそれが気にならないくらい顔整ってるし、身長高いし、個性強いし、勉強できるし、家お金持ちだしモテない理由がない。幼馴染って以外で私と仲良くしてくれる理由もない。だからいつも不安になるのだった。
大きな歓声につられて試合に目を戻す。ちょうどしょーちゃんのチームが放電から猛攻に移ったところだった。放電、創造。攻撃もできて汎用性のある優れた個性。羨ましくて仕方なかった。超加速からの1000万P奪取。私もあんな風な個性があったら……!
(え?)
緑谷くんが取られたハチマキを取り返そうと反撃したとき、私はしょーちゃんが左側の個性を使ったのを見てしまった。
(どうして?)
しょーちゃんはあの個性を使わないと決めたはずだったのに、なんで今。一体何があったのか。ごめん、と早口で友人に断りを入れて、終了のコールが鳴るとすぐに私はしょーちゃんのもとへ駆け出していた。
「うえっ」
しょーちゃんの声が聞こえるところまで走ってきたとき、爆豪くんが立っていることに気づいてしまった。けれども爆豪くんは普段と違って威圧感がないというか、少しおかしい様子だった。だというのに私のあげた声に気づくと物凄い勢いで掴みかかってくる。声を上げる暇も反撃する暇もないまま私は彼に背後から抱き抱えられ、口を押さえこまれてしまった。
(なにこれ!?)
色々な意味で心臓がドキドキしている。男の子と密着しているとかそういうドキドキではなくて、肉食動物に狙われた草食動物的な意味でのドキドキだった。暴れてもびくともしない。むしろ「静かにしろ」と小さな、だというのに果てしなくドスの利いた声で脅されてその気力さえ削がれてしまった。
「俺は右だけでお前の上に行く。時間とらせたな」
しょーちゃんの声が聞こえる。どうやら会話が終わったみたいだ。歩いていく背中が見えて、追いかけようとするのだけれどまだ爆豪くんの腕は緩まない。じたばたしているうちに緑谷くんの声が聞こえてまた会話が始まって。やっと会話が終了したところで私は解放され、「しょーちゃん!」と大きな声で叫んだのだった。