轟焦凍くん。お父さんが財界の偉い人で、爽やかなルックスを持ち、勉強もできて運動もできてクールで格好いい学園の王子様。そんな凄い人に私の心臓はドキドキした。ひと目で恋に落ちてしまったのだった。
「うううううううう」
「怪しいよ、篠原さん」
「だって、だって緑谷くん! こんな気持ち始めてなんだもん。どうしたらいいか分かんないもん」
「春やねえ」
「季節的にはもう夏だけどね」
夏休みには少し早いんだけどね。あと一ヶ月もしないうちにテストが始まると思うと時間がないなあ。
なんて、テストも問題だけれど、私にはそれ以上の問題がある。
「ああああ、本当にどうしよう」
「この間のお礼に〜ってどこかに誘おうよ! 心ちゃん!」
「えっ無理だよ」
「勇気を出さなきゃ何も始まらないよ。ほらこの映画のチケットあげるから」
「お茶子ちゃん準備が良すぎない?」
手際の良さにびっくりなんだけど。渡されたチケットは好きな映画を選んで見れるというもので、相手の趣味が全くわかってない私には都合のいいものだった。これで口実は出来たものの、どうやって呼び出すかだ。教室で直接呼び出すのは彼のファンクラブが怖い。ファンクラブの名誉のために言うならば、けして過激派ではないんだけど、誰かから悪感情を持たれるのが苦手なのだ。
「僕が轟くんに声かけようか?」
「えっ」
「あ〜! それいいかも。デクくん一年生の時に轟くんと仲良かったもんね」
「うん、体育祭が切っかけて話すようになったんだ。凄くいい人だよ」
一年生の時かあ。私とお茶子ちゃんたちが仲良くなったのはクラスが同じになった二年からで一年生の時のことはあまり良く知らないんだよね。個性派が揃ったということでかなり注目されていて、1-A組があれしたこれしたって噂はよく流れてきたんだけど。中でも爆豪くんがキレたとかは頻度が多かったなあ。
そんなこんなで昼休み。私は中庭で待機していて、緑谷くんが轟くんを連れてきてくれるのを待っている。お茶子ちゃんはなぜか木の陰に隠れている。一緒にいて緊張をほぐして欲しかった、なんて思うのは私のわがままだろうか。
「うううう、緑谷くんはやくきて……いやまだ緊張するから来なくていい」
「あれ、お前昨日の」
「と、轟くん!」
「昨日緑谷と一緒にいたよな? わりぃけどアイツがどこに行ったか教えてくれねぇか。さっきまで一緒にいたんだが見失っちまって」
「あ、あの、その……」
姿は見えないけどどうせ緑谷くんもお茶子ちゃんとこっち見てるに決まってるんだ〜! 気遣いかもしれないけど二人して! こんな! 心臓に良くない状況に持ち込むなんてひどい。ドキドキしすぎて死んでしまったらどうするんだ。
「私が緑谷くんに頼んで轟くんを呼び出してもらったんです」
「お前が? なんで?」
「昨日助けてもらったから、お礼を……」
「ああ、そのことか。別に気にするな」
無理だ。轟くんが何言ってるのか脳に入ってこない。手首につけている心拍数の数値がグングン跳ね上がっていくのだけは見えて、やばいぞ死んじゃうぞって恐怖から少しだけ冷静になったのだった。
「でも、あの、私の気が済まないので、付き合ってください!」
やばい今何言った!?
テンパりすぎて主語抜けてなかった!? これじゃ告白じゃん。しかも助けてくれたお礼に付き合うとかどれだけ上から目線なの。恥ずかしくて死にたい。
「どこにだ?」
いつの時代のボケかと思ったけど、今回ばかりは轟くんが天然で良かった! 一周回ってだいぶ冷静になった私は、この失敗を誤魔化すべく情報を追加していく。
「映画のチケットがあるので、週末に映画でもと思ったんですけど」
「日曜なら空いてる」
「本当ですか?」
「ああ。詳しいことは……っと予鈴がなったな。連絡先交換してあとで決めないか」
「はい。轟くんさえよければぜひ」
「じゃあ篠原、またあとで」
はじめて名前を呼ばれた嬉しさを噛み締めながら、私はスマホを握り締め、立ち尽くしていた。